2018年7月22日日曜日

第192回:「セラピスト」最相 葉月

レーティング:★★★★★★★

最相さんは数年ごとにコンスタントに労作を世に出す、ノンフィクション作家として知られており、出世作は『絶対音感』です。私は『絶対音感』は読んでおらず、ただ、自分の好きな星新一の評伝を書いてたなという程度の認識しかありませんでした。前回(第191回)でレビューした故・河合さんの本と同時に借りたのが、初めて最相さんの本を読む機会となりました。

ノン・フィクションは色々なジャンルの中でも好きですが、読んでみるとやたら浅いものやいろいろなネタ本のホッチキス止めのようなものが多い中で、本書を一読し、最相さんが以下に長い時間をかけて丁寧に取材し、またバックグラウンドの勉強や資料収集を怠りなく進め、更に本作について切実な動機をもって執筆に当たったのかがよくわかりました。ほかの作品は読んでいませんが、きっと素晴らしいクオリティの作品を書かれているのではないかと思われ、ぜひ読んでみたいと思います。

本書は体験的ノン・フィクションとでもいうべきものであり、自ら箱庭療法を体験し、更に心理学についての専門的な教育を受けながら進んでいきます。戦後日本の心理学が、占領後の一部の大洗の教育機関、さらにそこに関係した米国のクリスチャンから齎されたこと。米国、スイスに学んだユング派の河合先生が臨床心理士として、ユング的な考え方やカウンセリングのアプローチを持ち込んだこと。臨床心理士(今後は国家資格として心理師)のワークや日本の医療改善に取り組んだ人々。さらに箱庭療法の実際。色々と俯瞰しながら、現代医療の問題点や障碍者福祉(そして社会復帰)までの取り組みを紹介するもので、非常に高い見地や広い視野と同時に地に足の着いたルポが組み合わされ、現代社会論としてもとても面白い一冊です。

最後に河合さんや臨床心理士たちの書いたケースが断片的に紹介されていますが、とても面白いです。人間って不思議な存在なのだとつくづく思います。広く推奨できる一冊であり、ご関心の向きはぜひ読んでいただければと思います。非常に分厚いですが、文章もとてもよく推敲され、読みやすいので時間は余りかかりません。

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