2016年12月4日日曜日

第160回:「残夢の骸-満州国演義9」船戸 与一

レーティング:★★★★★★★

ついに今年後半の読書時間のかなりの部分をつぎ込んだ満州国演義も最終巻となりました。巻末には2段組みで13ページに渡り参考資料が列記されており、著者の本作を作るための長い苦闘がしのばれます。さらに、第2巻と本巻だけについているあとがきが秀逸で、特にこちらのあとがきは今まで読んできた中でもとても素晴らしい味わいのものです。

本作は戦況がどん詰まりとなった1944年6月のマリアナ沖海戦のあたりから始まります。すでに米国海軍の猛攻により太平洋の制空権はほぼ失われ、ガダルカナル、サイパン島を相次いで失っていきます。多くのページが割かれているわけではありませんが、沖縄戦の悲劇や捷一号作戦、本土決戦準備などが描かれていきます。また中国大陸、とりわけ満州はソ連との緊張関係が高まっていきます。最強とうたわれた関東軍は相次いで主力が南方前線の支援に送り込まれ、開拓民や高齢者を相次いで徴兵し、頭数を揃えますがその内実は練度、武器・弾薬ともに心もとない限りの状況に陥っていきます。

欧州戦線においてイタリアが降伏し、ドイツが倒れ、ヤルタ会談(1945年2月)が開かれます。この会談ではソ連による対日参戦容認がなされたといわれており、本書も基本的にはその見解を採っていますが、本当にどうなのかはよくわかりません。ただ、ソ連軍が極東において大幅に戦力を増強し、終戦前にサハリンや満州に雪崩れ込んだことを考えればそうなのかもしれません。また、このソ連の対日宣戦の可能性と台湾沖航空戦(1944年10月)の誤報を握りつぶしたのは戦後名をはせた某参謀ではないかと繰り返し書かれますが、ここももはや歴史の闇に埋もれ、真相は解明されないでしょう。

満州での日本人の逃避行やシベリアへの抑留が本書最後のハイライトですが、とても悲惨です。満州は長く戦争下での奇妙な平和を享受するわけですがその精算が最後になされます。太郎は寒い大地で自分なりの後始末を付け、三郎も帝国軍人として自らの人生を閉じます。次郎はインパールで果て、四郎は満州で生き別れた照夫を内地に連れていきます。本書の準主役であった間垣は、最後まで信念を貫き見事なセリフを残します。

本書は決して有名ではなく、その長さやマニアックさから一般的には今後もなりえないと思います。他方、この完成度の高さは尋常ではなく、しっかりとした評価を中期的に獲得する一冊と思います。

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