2016年4月10日日曜日

第143回:「風林火山」井上 靖

レーティング:★★★★★★☆

第140回で井上さんの『氷壁』をレビューしましたが、とても面白く、ほかの作品も読みたくなり図書館で借りてきました。相当古い作品ですが、こちらもとても面白く読めました。近現代の作品と歴史ものの作品をここまで上手く両方ともかける作家というのは、今の時代を入れてもとても稀有なのではないかと思います。

今年の大河ドラマはご存知の通り『真田丸』であり信州が現在のところ舞台となってきました。ごく初期に武田勝頼がなくなってしまいますが、その哀切な最期はかなり見事に描かれており、久々に歴史もの、それも武田家関係が気になっていたところ、ちょうどよく手に取り、あっという間に読了しました。タイトルから想像されるのはいわゆる武田信玄ですが、本作は予想に反して、優れた軍師、軍略家であった山本勘助を中心に展開していきます。知りませんでしたが、勘助は結構な年齢になるまで今川家の城下に居て、何度か今川家に士官を試みるものの実現せず、半分浪人のような形でいたようです。苦労人なんですね。

さて、武田家につかえることになった勘助はメキメキと戦ごとに信頼を勝ち得、武田家の重臣となりあがっていきます。これだけだと凡百の歴史小説ということで終わるのですが、本作は勘助の男前とはいえなかった容貌、天才的な直観と計略、子も家族も持たず戦いに明け暮れるなかでの諏訪の姫他へのひそかなる強い愛情、主君への忠誠など相反する強い情念を余すことなく描いているところです。心理小説的でもあり、単なる歴史小説とは趣を異にした傑作と呼んでよいと思います。

また、上杉家なども丹念に描いており、戦国時代の対立や戦闘というものが、決して単純な領地争いや殺戮の要素だけではなかったことも描いています。最後は第4回川中島の合戦(1561年10月)で終わりますが、これも壮絶であり、勘助はもとより信玄の弟・信繁、諸角虎定、初鹿野忠次なども戦死したようです。歴史もの好きな方は必読の一冊です。

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