2016年3月5日土曜日

第140回:「氷壁」井上 靖

レーティング:★★★★★★☆

井上さんは昭和を代表する大作家であり、多くの方が小学校などの教科書や入試問題などを含めて目にされたことがあるのではないでしょうか。私も中学か高校で「あすなろ物語」と「天平の甍」を読みました。前者についてはさわやかな作品だなぁという程度であまり強い印象が残っていないのですが、反面後者の作品は中国やシルクロードにあこがれた時期があったので、とても衝撃を受け、その格調高い文体と描写に心を打たれた思い出があります。

そこから相当の年月が経ってしまいましたが、この作品に偶然図書館であり、ちょうど山野井さん(クライマー)関連の本を読んでいたこともあり借りました。文庫本で600ページほどの長大な作品ですが、やはりプロの作家というのはこういうものなんだと実感するような素晴らしいものでした。昭和30年代前半の様子も感じることができ(おもったよりずっと余裕がありそうです。現代よりも)、そういう観点でも楽しめました。

作品の題材は、ナイロンザイル切断事件というもので、いわゆるクライミングをしている男性2人組が穂高で登山中にナイロンザイルが切断し、1名が亡くなられた事件です。Wikiなどで見ると、この事件は昭和史的にはかなり有名な事件のようで、相当の長い間の関係者の苦闘があるようなのですが、本作品はそのごく初期のみを描写し、さらにやや込み入った人間関係を中心に、青春、恋愛、結婚、自然など様々な題材を織り込んで進んでいきます。いろいろな読み方ができる優れた文学の典型のような一冊ですが、この本の主人公は登山をする男性2名ではなく、そのうちの1名と関係のあった女性のような感じがします。この人への作者の思い入れが半端なく強く感じられます。

最後の幕切れは劇的ですし、ぜひ古い小説と思わず読んでいただければと思います(三島などより読みやすさという意味では段違いです)。ほかの井上作品もたくさん読んでいないものがあるので読み進めていきたいと思います。

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