2016年3月12日土曜日

第141回:「なぎさホテル」伊集院 静

レーティング:★★★★☆☆☆

著者が20代後半から30代半ばまで過ごされた、逗子のホテル(今はないそうです)における暮らしやその時に出会った人たちについて書いた回想のような一冊です。小生でもないし随筆ともいえない不思議な文章ですが、著者にとって悩ましくも比較的穏やかな時代だったと見えて、強い思い入れを感じる文章となっています。様々な挫折を経てこのホテルに偶然到着された伊集院さんは、そのままホテル側の行為で7年間も逗留することになります。

この本の良いところは、たぶんその話自体が奇跡的な、ややもすると信じられないような前提に基づいているところにあります。すなわち、偶然いったホテルが寛容にも7年も止めてくれる、もちろん一定水準の料金は払っていたにせよですが。また、そこに出てくる支配人、漁師さん、各種のバイトの人などとの交流が穏やかで、読んでいても癒されるような感じを受けます。まさにこのホテルが伊集院さんに提供したのは、シェルターであり、病院のような機能ではなかったかと思います。また、小説家へはばたく前段階として(学生時代に続いて)相当の読書をこの期間にされたようですので、ナーサリーの役割もしていたのではないでしょうか。

正直にいえばもう少し細かいエピソードが多くあると、よりリアルに情景が浮かび上がってくる感じもしますが、追憶のスタイルなので、ややぼんやりとした記述に意図的にしているのかと思います。伊集院ファンにはお勧めの一冊です。

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