2016年1月31日日曜日

第136回:「麻雀放浪記(四)番外編」阿佐田 哲也

レーティング:★★★★★★☆

前回第135回に続いて、ついに麻雀放浪記の最終作となる四巻です。昨年末から読みはじめ、一冊一冊にボリュームがあり時間がかかりましたが、長年気になっていたシリーズを読み終えて、大変すっきりしました。この四巻も360ページ(解説除く)と読み応え満点です。

本作は坊や哲は以外にもあまり出てきません。勤め人となってわりと真っ当な生活を親元で始め、その代わりに強烈なキャラクターである李と陳がでてきます。とりわけ李は破天荒な生きざまを見せるのですが、その言動はなぜか哀愁を帯びており、当時関西を中心に相当の朝鮮系の人々が居たことと無縁でなく、(本作とは直接関係しませんが)愚連隊といったワードもたびたび出てきます。ここらへんが単なる麻雀文学を超えて、時代を活写する抒情的な小説としての一面を見せつけ、深みを一層増しています。戦後10~20年の時代背景はほとんど知らずに、もはや戦後ではないといった表層的なキーワードしか知りませんが、混乱の中で流儀をもって生き抜いた人々の話は心を熱くするものがあります。

本作は、残されたアウトローたちの苦闘を描いていますが、あれだけ麻雀狂いであった哲が足を洗ってしまったように、麻雀が一般化し、とてもプロがしのぎにくい世の中に変貌していることが分かります。良くも悪くも戦後民主主義的な平和や秩序が猛烈な勢いで広がっており、その反動が60年安保闘争まで、またそのあとを貫く大きな潮流になっていったことが示唆されています。

なお、本作の解説は柳美里さんが書いています。朝鮮系のバックグラウンドの彼女は、お父さんが麻雀をはじめとするあらゆる賭け事にのめりこんだことをやや沈鬱なたっちで本作と被らせており、短い文章ですが悲しい気分になります。一時期、文芸春秋などに生活苦を訴える小文を書いておられましたが、今どうなっているのでしょうか。最近は作品を見かけることもなく(ほとんど読んだことないのですが)、ちょっと気になりました。いずれにせよ、麻雀という題材にとどまらず、広く読まれてしかるべき素晴らしいシリーズだと思いますので、ぜひお手に取ってみてください。

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