2013年4月20日土曜日

第65回:「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」村上 春樹

レーティング★★★★★★☆

久々の村上春樹さんの新作です!テンションあがり、発売日に紀伊国屋に駆け込み買って来ました。しかし、前作1Q84と同じく、勿体無くて一気に読めず、じわじわ展開を楽しみにしながら読みました。4月12日スタートで18日読了、丁度7日間かけました。

何度も触れているように、私は相当の村上春樹ファンですが、「大作の後は一休み」と勝手に名付けている法則があります。これが何かというと、村上さんの長編大作の直後の作品は大体すこしパワーダウンすると個人的に(体験的に)思っている(例:『ダンス・ダンス・ダンス』の後の『国境の南、太陽の西』、『海辺のカフカ』の後の『アフターダーク』、異論は歓迎です。)のですが、本書はそんな法則から外れる、心に響く一作でした。大袈裟ですが、同時代にリアルタイムで村上さんの作品を読めることに幸せに感じて来ましたが、今回もその感じをあらたにしました。まだ品薄のところも多いようなので、なるべくネタバレしないよう、やや抽象的にレビューしたいと思います。

各種の書評を見ている限り、かなり評価が分かれているようですが、これはファンもアンチもかなり多くの人が手に取る村上さんの本にいつも起きることです。それより自分がどう感じたかを書いてみようと思います、いつもどおりですが。

私が面白いと思ったのは、村上さんの作品に良くある孤独、成長、傷、快復といったことをテーマにしながら、過ぎていく時間を大きなテーマにしているように思える点です。大学時代の大きなエピソードを中心に話は進んでいきますが、そこから長い時間の経過があり、その長い時間が経過してからの過去、現在、未来との向き合い方が描かれます。この長い時間を描いていくことは比較的少なかったと思いますが、今回の物語に奥行と深みを与えています。昔、村上さんはドストエフスキーのような全体小説をいつか書きたい、と書かれていましたが、そこに少しずつ近づくための習作としても読めます、次の作品は(気が早いですが)相当長い時間軸で一人を中心に描くのではないでしょうか(いや、ファンとしての希望ですが・・)。

また、他に意外であり良いなと思った点は、率直で分かりやすい会話がなされたり、人生や時間、友情などについての考え方が繰り返し、登場人物から語られるところです。初期の作品にあった謎めいた会話(今回も謎は無数にありますが)は影をひそめ、少し説明的とも思われるセリフや描写が多数見られるところは、かなり作風が変わったなという印象を受けます。この傾向は前作1Q84からかなり顕著になってきています。また、村上さんがあまり好きでないと書いていた、漱石の後期の作品や昭和前期の私小説のような印象も受けるややウェットな作品に仕上がっています。ここらへんの作風の変化は、失礼ながら村上さんの年齢と密接に関わっている気がします。60歳を超え、伝えたいことをなるべくストレートに伝えたくなってきたとか、若いころのように読み方によってはまどろっこしい書き方より、ストレートに問題意識を問いたくなったとか・・いずれも推測に過ぎませんが、この作風の変化はかなり強烈に感じました(実験的に変えている可能性はあります)。

ストーリーは冒頭に大きな謎が呈示され、それを解くことを中心にエピソードが進んで行く、わりに直線的なものです。幾つかの捻りはあるけど、概ねストレートな流れです。そこにはどんでん返しもありませんが、長い時間の経過を絡めたことで痛切な孤独と順調に一見見える生活に張り付いた絶望が描かれます。しかしネガティブなものだけではなく、あきらめきれない気持ち、真実を知りたいと思う心、それでも人と寄り添って生きたいという心情も提示され、温かさもある話になっていると思います。

良くも悪くも、馴染みやすい(ツイッターやグーグルというのが何度かでてくるのはかなり驚きました)一冊なので、失望する往年のファンもいるかも知れません。また、終わり方にヤキモキする読者もいるかもしれません(1Q84で免疫ができてるかな)。しかし、特に主人公と同年代、または同年代以上の方には非常に考えるところの多い一冊だと思います。ドキドキ・ハラハラするだけではない考え込んでしまうような作品です。

私のなかでは確たる評価はできていないのですが、レーティング(6/7)は再読しても変える必要がない気がしています。村上さん最高レベルの作品ではないと思いますが、今までとは違った趣の面白さがあり、少し時間をおいて再読してみたいと思います。また、ないと思いますが続編が読んでみたい一作です。

ちなみに作品には分かりやすい程に(昔からそうですが)心理学的要素が盛り込まれており、夢、アニマ(の投影)、シンクロニシティ、シャドウなどユング的な世界観が色濃くでていますので、心理学的観点からそれぞれの登場人物を読んでみるのも面白いかと思います。なお、作品の主題曲といっても良いリストの曲はYoutubeで聞けます。初めて聞きましたが独特な哀感があり、なんだか切なくなる曲です。こちらもぜひどうぞ、便利な時代になりましたね。

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