2012年7月22日日曜日

第47回:「パール判事」中島 岳志

レーティング:★★★★☆☆☆

長い間、論争が続いて簡単には決着しない問題があります。例えば、日本の戦争責任は終戦以来ずっと議論されてきたにも関わらず、さまざまな意見が未だにあり、まだ暫らくは決着をみることはなさそうです。その議論に大きく影響を与えているのが、本書が取り上げるインド出身の東京裁判判事であったラーダービノール・パール氏です。

第二次世界大戦の日本の指導層の戦争責任を裁いた東京裁判ですが、その中で個人責任ある犯罪として、「平和に対する罪」「通例の戦争犯罪」「人道に対する罪」が定義され、適用されました。このうち、通例の戦争犯罪を除いては、それまでの国際法に規定されていないもので所謂事後法でした。事後法は通常の裁判でも認められないことであり、この点が東京裁判を批判する多数の根拠の一つとなっています。個人的には、敗戦国で無条件降伏したから、なにされても文句は言えないよな、と安易に感じることもありますが、たしかに裁判の形式としては異例尽くめであり、問題は多かったように思えます(あとの祭りではありますが)。

この裁判の判事は対日降伏文書に署名した九カ国が指名権を持っていました。インドはその九カ国に含まれていませんでしたが、日本による戦争被害を受けたとし、判事選出の要求を出し、パール判事が派遣されました。本書の美点は、パール判事が無批判に日本を無罪と断じていたのではなく、プロの法律家としての論理と筋金入りのガンジー主義者としての信念をもって、是々非々で戦争犯罪、そして戦争責任を判断したことを明らかにしたことです。著者は一部の右派の論者によって、パールが不適切に引用され、都合のよいように使われていることに強い危機感を抱いており、そこに一定の歯止めを掛けることに成功しているように見えます。また、あまり知られていないパール自身の人生に迫ったており、プレ・ポスト東京裁判の記述がほぼ全体の半分を占め、人間として大変魅力のある人物であったことが分かります。特に東京裁判の後も老齢まで3度にわたり来日し、チャンドラ・ボーズゆかりの人々とも交流を持ったエピソードは感動的です。

他方、本書の気になる部分は、パール判決の検証、考察の弱さです。参考文献に(そうではないと信じたいですが)パール判決の原文がなく、もっぱら二次的な資料(しかも日本語)に頼っており、逆に自身の主張に沿う部分のみを著者も使っているのではないかとの懸念があります。読了後に知ったことですが、本書をめぐって大きな論争が起きており、幾人かの保守系の論者からは相当きつい指摘を受けています。これを踏まえた検証本や著者自身の再反論が本の形でなされるとより議論は深まったと思うのですが。

少し毛色は違いますが、小熊 英二と並んで同時代の歴史研究者として気になる存在です。これが最初の本だったので、引き続き読んでみたいと思います。

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