2021年5月2日日曜日

第236回:「暖簾」山崎 豊子

レーティング:★★★★★★☆

淡々としているけれど心を揺さぶられる作品というものがありますが、まさに本作のようなもののことを言うのでないでしょうか。大阪商人が鰹節に注目して、日中戦争、太平洋戦争で大きな財を成し、そしてすべてを失い、それでも前を見て商人道とでもいうべき独特の哲学に基づいて七転八倒しながら商売を盛り立てています。そして戦後、戻ったきた子供たちがその意思を継ぎ、東京進出や大阪での業態転換を果たしていきます。まずは映画作品として上映され(森繁久彌さん)、その後、芝居としても上演されたということですので、当時相当人気があったものと思います。

上方の商売や商売人というのは今はすこし存在感が低下してしまいました。80年代くらいまでは何となく大阪をはじめとした関西圏の独特な感じは言語も含めて強く社会に残ってきたように思いますが、相対的に東京圏が巨大化し、また多くの大阪発祥の会社が東京にも本社を持ち、その後、東京のみに本社機能を移したことで、いわゆる大阪商人を自認する大物経済人は数少なくなってしまいました。

暖簾に代表される信用を重視すること。その信用とは単に財務的な健全さではなく、多くの関係者、今風に言えばステークホルダーの利害にかなうことを、顧客からの信頼を絶対に裏切らないことなどによって確立されました。考えてみれば当たり前ではあるのですが、それをどこまで徹底的に追求するか、文字通り暖簾のためなら私財をなげうってまで勝負できるかどうか、というのが大阪商人の魂だったのかもしれません。山崎さんの作品としては比較的短く、また経済ネタを扱っていることから少し異色かもしれませんが、デビューに当たってこれを書かれたというのは如何に大阪に、そして商売人(山崎さんの周りにたくさんいたであろう)に愛着と誇りを持っていたかがわかります。素晴らしい作品だと思います。

0 件のコメント:

コメントを投稿