2016年5月29日日曜日

第147回:「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(再読)村上 春樹

レーティング:★★★★★★☆

村上さんの長編としてはいまだに最新(おそらく)かと思いますが、3年ぶりに再読しましたのでレビュー。前回のレビューは第65回(2013年4月)でした。

さて3年ぶりに読んだ本書、当時は村上さんの久々の新刊として話題になりましたが、世間では意外にも現代的な設定に驚きが出て、また一部の人からは筆力が衰えただの相当ネガティブな批評がでていたと記憶しています。しかし、今回改めてこの小説の良さや完成度の高さに感じ入りました。

まず、私は主人公とほぼ同年代だからか、主人公が感じるような成長期を振り返ってのなにかもやもやした感じがよく理解できます。子供でも若者でもおじさんでも(たぶん)ない微妙な年齢にして感じる、ちょうど宙に浮いたような感覚です。そして主人公は大学時代に壮絶な経験をして、一度精神の死といってよい状況に陥るのですが、それと共存しながら社会に出て、それなりに上手くやって生きていきます。小説にはやや強烈な大変として書いているのですが、ポイントは自分がなした行為ではなく、他者、それも本当に身近な他者からもたらされたことで、ある意味主人公の人生や人生観が大きく変わっていることが重要ではないでしょうか。選び取れることは人生でいくつかあると思いますが、選べないで起こってくる(良いことも悪いことも)はものすごくたくさんあることを最近感じます。ある人にとっては、地震などの自然災害であったり、親の海外転勤であったり、身近な人との別れであったり枚挙にいとまがありませんが、ある意味、村上さんは本書で普遍的な話を書いているとも読めます。

そして、そういう成長期、いや人生において否応なく迫ってどうしていくかということについて考えさせられます。主人公がとったのは、相当の年月を経てですが、年上の彼女との出会いを契機に、自分の過去と向き合うことです。ここも面白いのは、過去と向き合っていくということは内的な選択なのですが、契機はあくまで年上の彼女が直観的に感じ取り、勧めてくれたことです。ここでも他律的にというと大げさですが、きっかけは外からやってきます。そして、痛みをもう一度なぞっていくにも等しいものですが、名古屋に旅立ち、フィンランドへ向かいます。この辺りの下りはとても繊細に過不足なく描かれているように思えて、まさに巡礼という魂を想起させるタイトルにぴったりです。

最後に本作は最後の部分も秀逸です。疾走感のあるエンディングで、まさに再生という感じの終わり方です。べたな終わり方といえばそうですが、物語の王道とも言える、出来事、取り組み、出口という流れにきれいになっており、最後はハッピーかはわかりませんが、主人公の人生になんらかの新たな展開が訪れることが描かれています。今回もぜひ続編が読みたいところです。おそらく出ないとおもいますが、結婚した主人公がまたいろいろと巻き込まれて、というのはどうなるのか面白そうです。もはや文学的な作品にはならないかもしれませんが。

まとめるととてもクオリティの高い作品で、初期の作品のような熱量はないかもしれませんが、いまの村上さんにしか書けない本当に円熟した作品ではないかと思います。また、一定年代以上でないとなかなか理解しがたい作品ではないかとも思います。

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