2015年5月24日日曜日

第116回:「いねむり先生」伊集院 静

レーティング:★★★★★★☆

現代の日本文学では相当著名な作者ですが、お恥ずかしながら今まで一冊も読んだことがありませんでした。先日、文庫化を契機としたものか新聞に広告が出ており、とても柔らかい優しいコピーに惹かれて購入しました。引き続き読書時間を確保するのが難しい日々ですが、すっと読めて心に残るとてもよい作品でした。

先生とは、色川武大(いろかわぶだい(筆名))であり阿佐田哲也としても活躍した人を指しており、実際に作者は交流があったということで、限りなく真実に近い自伝的作品となっています。静かに進行する物語ですが、主人公の「ボク」の内面は大きく慟哭し、時に迷い、また水面に顔を出すように少し明るさを取り戻していきます。そこにはほとんど全てを失ってしまったかに思える30代の男の絶望があり、それでもうろついて友人(K氏夫妻、I氏)や実家、そしてなにより先生に有形無形に支えられ続ける姿があります。

一言でいえば、喪失と再生というとても普遍的なテーマを扱っているように見えますが、その心象風景はとても丁寧に描かれており、私小説の鏡のような作品でした。そしてやや無頼によった作風がとても男らしく、ノスタルジックな感じもさせています。雰囲気としては昭和も昭和という感じで、今は失われた多くの風習や文化が読み取れます。まだ、私たちが子どもだったころには、どこにでもあったのになくなったものも多いことに気が付きます。

こういう優れた作家に出会わずに居たことに時おり気づくことができて、新たな読書の地平が広がるのはとても楽しい体験です。作者の他の作品を読み進んでいきたいと思います。

0 件のコメント:

コメントを投稿