2013年10月27日日曜日

第79回:「希望の国のエクソダス」村上 龍

レーティング:★★★★★☆☆

既にレビューもしている村上氏ですが、私が小説を面白いなとおもうきっかけとなった作家のひとりでもあり、主として高校時代に随分読みました。その後、氏自身が活躍の場を経済メディアやインターネットといった領域にシフトして、数年に一度長編を発表(それもどんどん間隔が開いてきています)するスタイルに移るにつれて、読むことが減ってきました。今回は2000年に刊行された一冊で、著者の得意とする近未来小説の形をとったものです。

この一冊は、当時の時代様相を抜きにして語れないもので、コンテクスト依存が極めて強い一冊です。当時の長びく不況、リストラ、いじめや不登校、インターネットの急速な発達(といっても今にくらべてみると化石時代のようですが)、国際的なマネーの移動、日本におけるナショナリズムの高揚などをベースとしており、2000年以後の世界を多く見通した記述もありますが、イスラムテロや原発のリスクなどまで言及されており、(この2例はたまたまであったとしても)実は非常に暗示的な小説、野心的な小説ということができると思います。10年以内に大きく外れるかどうかわかってしまうものを書くのはリスクだとおもうのですが、著者はそれだけ徹底的な取材をして、それなりの自信を持って出したのだと思います。

ネタバレしないようにざっくりと書くと、不登校になった中学生たちがITを活用し、智恵をだしながら社会と対峙していくというものです。国家の内部からの崩壊を描いておりますが、単に体制=悪といった構図ではなく、もっと複雑に成熟した社会を描いているので、荒唐無稽にも思えるストーリーながらリアリティを持って読み進めることができます。2000年、私は学生で当時まあまあ新しかったWindows98かなんかのPCがやっと家にきたところでした。人とEメールというものをやりとりできるというのが本当に新鮮で、メールがくるとおお!という感じで読んでいた覚えがあります。ネット回線もADSL以前の時代でダイアルアップのプープルルーという延々と繰り返す音を良く聞いたものでした。そういう時代にITを軸に据えて大きな想像力を駆使して書かれていた本書は、やはり村上龍氏ならではの作品と言えると思います。当時、氏はJMMだったとおもいますが経済メルマガを出していて、信州大学の真壁氏などが(当時は金融機関をやめた直後だったでしょうか)よく寄稿していたのを思い出します。

カンブリア宮殿なども好きなのですが、TVで拝見するかぎり結構お元気そうなので、まだどんどん力のこもった長編を書いてほしいと思います。

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