2016年9月3日土曜日

第153回:「群狼の舞ー満州国演義3」船戸 与一

レーティング:★★★★★★☆

昭和7~8年がカバーされる本書は、益々深まっていく関東軍による満州構想と昭和7年3月1日の満州国建国、更に首都がおかれた新京(現在の吉林省長春市)の開発などが描かれていきます。いろいろと興味深いものがあるのですが、満州国はその理念として五族協和(日本人・漢人・朝鮮人・満洲人・蒙古人)と王道楽土を掲げていたというものです。高邁な理想であり、一部は白人からの搾取やアジアの独立といった大義がベースにはあったようですが、現実的には関東軍としての中国政策、対北方対策が本当のベースとしてありました。

もう一つ興味深いのは、かなりの武装移民を日本から入れていたことです。これは知らなかったのですが、北方の農地開発と対ソビエト対策として日本の農村の余剰人員をまとめて移住させ、農業もそこそこに武器を与え、軍事訓練を行っていました。しかしながら、すでにこの第3巻の時点で、あまりの寒さ、理想と現実の落差に戸惑う農民、十分な訓練もケアも与えられない関東軍、すでに破綻の予感が色濃く読み取れます。

本巻でもう一つ凄みがあるのが、長男である太郎(外交官)の変質です。平和を希求する彼は、関東軍の憲兵をしている三郎と決定的な対立をするなど、外交官としての良心を持っていたのですが、次第に母国における戦争への強い肯定感、圧倒的に思惑とは異なって進んでいく事態、また新国家を樹立するという一大事業に心を惹かれ、いつしかなんとなく満州国への態度を軟化させ、むしろ積極的に満州国を良いものにしていきたいという考えに変わっていきます。このあたりは船戸さんが描かれたかった点ではないかと思います。どんな立派な人も高邁な理想もいつの間にか随分と短期間に変質してしまいかねないこと。とても怖い下りかと思います。

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