2022年12月29日木曜日

第243回:『大聖堂』ケン・フォレット

レーティング:★★★★★☆☆

約一年ぶりの投稿になってしまいました。少しまとめてレビューしようと思いつつ、4月頃から私の住んでいるところはコロナが落ち着き、年後半には仕事も一気に活発化し、また予想しない出来事も重なりついぞ年末ぎりぎりになってしまいました。年内はこれが最後になると思いますが、年明けにでも今日再開したレビューを継続していきたいと思います。バックログが結構あります。

年末なので今年を少し振り返ると、2月にはロシアによるウクライナ侵攻があり仕事も間接的に影響を受けました。何より非道な戦争が一方的に始められ、多くの市民や軍人が日々犠牲になり続け、それを止める有効な手段もないことは改めて恐ろしいことだと思います。思えば、昨年2月にはほとんど誰も予測できなかったミャンマーでのクーデターが起きました。たまたまいずれも2月でしたが、こうしてみると来年も再来年も予想できなかったことが起きる可能性というのは十分に認識しておかないといけないと思います。もちろん良いことも色々とあり、霧がはれるように少しずつコロナの流行が下火になり、ここ2年できなかった出張や大人数での宴席などが再開できて、改めて対面で話をすることに重要さとか楽しさを感じました。また、日本的にはサッカーワールドカップはポジティブ・サプライズになり、知人たちと予選をバーで見て盛り上がったのもとても良い思い出となりました。

読書に関して言えば、忙しさが増した後半は少し減速したものの、複数の長編に取り組むことができて充実していたと思えます。今回レビューする大聖堂はケン・フォレットさんの大作となります。文庫版で購入しましたが600ページくらいが3冊と非常に厚みがある本でした。ファンタジー的な要素は少しありますが、大半は地に足の着いた、能々下調べのなされた大作です。イギリスを中心として王権と神権の相克、大聖堂に命を懸ける人々の生きざま、市井の人々がさらされる脆弱さと力強さ、聖と俗、そういったものを描き切った作品なのではないかと思います。欧州に仕事でもプライベートでも行けるチャンスが現状はとても少ないのですが、もう一度、昔欧州で見たいくつかの聖堂を訪問してみたくなります。昔は少し陰気な感じがして、近寄りがたいものだと感じていたのですが、また違って視点で見られそうです。

なお、本書はイギリスが舞台ですが、キリスト教やその歴史への理解、英国史の知識などがあるとより楽しく、深く理解できそうです。残念ながら私にはどちらもなかったのですが、その分とても勉強になり、そして新たな感じを得られる作品というところを感じました。この方面に関心がある方や長編叙事詩が好きな方には大変おすすめです。ただ、繰り返しになりますがとても長いので気長に読んでいくことが必要になります。

2021年12月19日日曜日

第242回:「人生の短さについて」セネカ(中澤 務 訳)

レーティング:★★★★★★☆

久々に読んだ古典になります。この本がお勧め、というようなウェブの記事は関心がありちょくちょく見ているのですが、その中で出てきた一冊です。実はかなり売れている一冊のようです。3篇収録されており、他は「母ヘルウィアへのなぐさめ」と「心の安定について」となります。3篇ともとても含蓄のある内容でとても好きですが、特に最初と最後が素晴らしいと思います。人生の短さについては、何が有意義がよく考えること、意味のない仕事をどれだけしても大した意味はないといったことが書かれています。今の人々は自分も含めて日々仕事に追われ、メールに追われ、私生活でもやることがたくさんあるので、なかなかに耳の痛い内容になっています。

また、「心の安定について」はこれまた秀逸です。親族への手紙の形を取りながら、財産について、仕事について、友人について親身に助言をしていきます。独特の世界観が示されていきますが、とても率直かつ分かりやすく、心を打つ内容になっています。ローマ時代から2000年を超えて、このような普遍的な内容が残されていることは本当に驚きですし、それだけ時間が経っても人が考え悩むことは同じなのだとハッとさせられます。そう考えると、飲み会で私が友人、知人とだらだら話している内容は2000年前の人たちが聞いても特に違和感のない内容なのかもしれません。

古典を読むことの良さは現代を相対化できることにありそうです。要は自分が考えていることは昔の人も考えていたし、逆に昔の人の考え抜いた知恵があること、それは回答ではないですが一つの心温まる支えになる感じがします。

2021年12月11日土曜日

第241回:『プライベートバンカー』清武 英利

レーティング:★★★★★☆☆

知り合いと飲みに行っていたときに、ちょうどその店がこの小説の舞台の一つになっていると聞き、買ってみました。シンガポールを舞台に日本の富裕層とそれを顧客とするプライベートバンカーたちが何を考え、そして日本の金融当局がどのように課税を強化してオフショアへの富の移転とせめぎあっているか、そういう話になっています。小説のようですが実名ノンフィクションとなっており、確かに文体も独特でドキュメンタリーのような小説のような感じです。

シンガポールの狭い国土で繰り広げられるやりとりが身近に感じられ、同国になじみのある方々には面白い内容ではないでしょうか。本書に名前が出てくるプライベートバンクは最初架空のものかと思っていましたが、この前オフィスビルを発見し、本当に実在することが分かりました。初刊が2016年ということで、日本の富裕層の状況も変わってきており、さらには本書でも詳細に触れられている通り日本の金融当局の締め付けも進んでいるということで、この2021年ではまた違う状況になっているんだろうと想像しますが、それでも外資系金融機関には日本人のプライベートバンカーが複数いらっしゃり、やはりそれなりの富裕層やその資産管理が行われているのだろうと思います。

また、日本人相手に限らずファミリー・オフィスといって世界中の資産家の資産運用を行う小規模な運用会社が数多く立ち上がっており、また、シンガポール政府もこの動きを促進しているため、今後も金融資産のセーフヘブンとしてのシンガポールの地位はますます向上していきそうです。プライベートバンクに預けるような資産のない私には全く無縁の世界ですが、こういう世界もある、というのは知識としてはなかなか知られて面白かったです。

本年もあっという間に残り少なくなりましたが、もう1冊レビューをアップしていない本があるのでそちらも年内に上げたいと思います。

2021年8月9日月曜日

第240回:「仕事と人生」西川 善文

レーティング:★★★★★☆☆

有名な経済界の方々が書く本は多数あり、そのうち少なくない冊数を読んできましたが、日本の経営者の書いたもので読みごたえがあったのが西川さんでした。昨年の9月に亡くなられてしまいましたが、若き日の住友銀行でのエピソード、バブルの後処理に奔走する姿、新たな時代の三井住友銀行の経営、その後の郵政などへのチャレンジと本当に波乱に満ちたキャリアを送られ、そのどれもが容易ではなく、成功しても何らかの批判が付きまとう非常に厄介なものだったと思います。旧住友銀行についてはほかにも複数の方々が本を書かれていますが、どれもバブルやその前の時代を描いたものが生き生きとしてそれだけ活気のある銀行だったんだろうなと感じることがあります。

今回の一冊は西川さんがキャリアを振り返りながら、新人時代の思い出、その後身に着けていったスキル、忘れてはいけない心構えなどを非常に分かりやすく説いています。正直に言えば西川さんの以前の著作と重複する部分はそれなりにありますが、とても短く簡潔にまとまっており、若い人が西川ワールドに入っていく格好の一冊になるものと思われます。それにしても中身はどれも納得の行くもので、なにより素晴らしいのは偉ぶることもなく、奢ることもなく、淡々と自分はこのようにやってきて、こういうことが役に立ったと書いていることです。志願しての米国長期調査などはあったものの海外在住や海外留学といったご経験はなかったと思いますが、考え方はとても合理的で無駄がなく明晰です。

そしてなにより惹かれるのはその気骨です。自分はやらねばならないことをやる、正しいと思ったことをやるという根本があり、変に空気を読んでこうしろとか出世のためにはこんなこともしてきたというド根性立身みたいなエピソードは少ないです。もちろん気遣いも配慮も人一倍あった方だったんだと思いますが、そういう面はあえてかもしれませんがほとんど触れていません。しかし、部下たちからいかに慕われていたか垣間見えるエピソードもあり心が温まります。20代、30代にお勧めの一冊です。

2021年7月11日日曜日

第239回:「国銅」帚木 蓬生

レーティング:★★★★★★★

お勧めの歴史もので挙げられていた一冊です。帚木さんの著作は今まで読んだことがなかったんですが、今回読んで、本作のクオリティに感動しました。国銅は東大寺の大仏造営を軸に青年の成長、8世紀の技術、国家、厳しい一足の生活、仏教の大きなうねり、人間愛、生と死が余すことなく描かれています。解説でも書かれていますが、本書の最大の工夫は抑えた筆致で、いたずらに出来事を盛り上げすぎることなく、暗くなりすぎることなく、しかし決して明るくはないトーンで約440ページが書ききられたことだと思います。描写は細かく、延々と続くため、途中で少しペースが落ちることがあったのは正直なところですが、下巻の後半の旅路では主人公の国広と一緒に故郷を目指すような気分になりました。それだけ丁寧に長い生活を一緒に追っていったことで感情が移入されていたのだと思います。

大それたドラマを丁寧に避けているのですが、その中で浮かび上がってくるのは生命への賛歌であり、生活を日々まともに一生懸命送っていくことへのエールです。いやになるようなことやつまらないと思うようなことが日常にはたくさんあると思いますが、そのどれもこれもが生きることの一部であり、全部であるというのが伝わってきます。多様な僧侶の生きざま、なにを大事にして変わらずに生きていくかということを突き付けられます。悲田院に生きる僧侶、故郷で誰も知られずに仏像を彫ること、どれも名声や富とほど遠く、下手したら誰にも気づかれず終わってしまう営為かもしれませんが、それを誰かが見ているんだぞと著者は言っているように思えます。

2003年に刊行とありますが、文庫版の奥付をみるとすでに本年で5刷とのこと。地味かもしれませんが良質な作品が読者の心に届いていることを感じます。次に機会があればかならず東大寺に足を運んで、それを作った人々の長い労苦に思いをはせながら東大寺大仏殿を訪れたいと思います。

2021年6月12日土曜日

第238回:「2030年すべてが「加速」する世界に備えよ」ピーター・ディアマンディス&スティーヴン・コトラー

レーティング:★★★★★★☆

かなり売れているという一冊。普段あまり読まない類の本ですが、世の中の変化の速度がかなり上がってきていて今後数十年続くと思っていたことがどんどんそうではなくなっていることを実感していて、何が起きているのかという興味から読みました。この本が言わんとしているところは、コンピューターの計算速度、ネットによる情報共有量やスピード、そして各種の工学、化学技術の深化で素材や製法について急速に高度化が進行しており、重要なことにはコンバージェンスといって情報技術を中心としてこれらの多様な領域が融合し、相互作用しながら今までにない技術が出来上がっているということ。

この影響は広く深いので、小売りで言えば店舗の位置づけが根本的に変わる、広告は高度にパーソナライズされる(星新一的世界)、エンターテイメントもARと結びついて個別化へ、また医療はロボットや人工臓器、寿命延長が普通のものになり、都市化がさらに進んでいくというもの。SFで読んでいたような世界が本当に広がりつつあり、それのスピードはさらに加速していくというのが著者たちの主張です。人間は本質的に変わることを嫌がる(怖がる)ので読者は嫌な気持ちになるかもしれないけれど、これらの深化は決してネガティブなものではなく、健康や安全の実現、環境問題への急速な対応など、様々なポジティブな結果をもたらすこと、さらには失われる仕事も多数あるけれど新たに作り出される仕事がそれを上回ることもしっかり説明されています。

昨今はコロナもあり、人間が世界の変化についていけていない気がしますが、これからはもっと激しく変化していくことを前提として認識しておけば、いちいち驚くことも落胆することも少なくなることと思うので、そのメリットを最大限生かしていくことを考えたいと思います。非常に説得力のある一冊ですし、売れている理由もよく分かりました。

2021年5月9日日曜日

第237回:「中国の外交戦略と世界秩序」川島 真 他編

レーティング:★★★★★☆☆

珍しくとても固い本です。仕事柄直接ではないですが中国に関係することがあるので、一度、一帯一路といった中国の現在の外交思想がどうなっているのかについて勉強しようと思い立って買った本です。Amazonのレビューでは現代中国研究に欠かせない一冊といった高い評価があり、また執筆者も一線の先生ばかりとなっています。

序章は全体を俯瞰するサマリーのような形になっており、第1部は中国の世界秩序観と対外政策、第2部はアフリカと中国、第3部は中国と周辺、中南米地域となっています。読者によってニーズは異なると思いますが、第1部は一帯一路の戦略的なあいまいさを丁寧に説き起こしていきます。また、丹念にテキストを負うことで改革開放との比較を行っているのもとても興味深いです。また、対外援助分析は中国の援助の歴史を紐解きながらどのように内部体制を整備し、また反省を活かしながら進化しているかが書かれています。

第2部はその名の通りアフリカへの援助と投資について書かれていますが、中国はぽっと出で資金攻勢を行ったわけではなく長期ビジョンに基づいて、時には自国産業の要請に後押しされて資金のみならず外交や草の根を含めた膨大な時間とリソースを投入してきたことがわかります。第3部は特に対メコンの分析が興味深いのですが、かなり中国寄りの観点で書かれているので、一部、少し一方的かなと思われる分析があります。

なお、一部の章で数字の複数の脱落や誤字が散見されるのはこの種の学術書としては残念な思いがしました。

2021年5月2日日曜日

第236回:「暖簾」山崎 豊子

レーティング:★★★★★★☆

淡々としているけれど心を揺さぶられる作品というものがありますが、まさに本作のようなもののことを言うのでないでしょうか。大阪商人が鰹節に注目して、日中戦争、太平洋戦争で大きな財を成し、そしてすべてを失い、それでも前を見て商人道とでもいうべき独特の哲学に基づいて七転八倒しながら商売を盛り立てています。そして戦後、戻ったきた子供たちがその意思を継ぎ、東京進出や大阪での業態転換を果たしていきます。まずは映画作品として上映され(森繁久彌さん)、その後、芝居としても上演されたということですので、当時相当人気があったものと思います。

上方の商売や商売人というのは今はすこし存在感が低下してしまいました。80年代くらいまでは何となく大阪をはじめとした関西圏の独特な感じは言語も含めて強く社会に残ってきたように思いますが、相対的に東京圏が巨大化し、また多くの大阪発祥の会社が東京にも本社を持ち、その後、東京のみに本社機能を移したことで、いわゆる大阪商人を自認する大物経済人は数少なくなってしまいました。

暖簾に代表される信用を重視すること。その信用とは単に財務的な健全さではなく、多くの関係者、今風に言えばステークホルダーの利害にかなうことを、顧客からの信頼を絶対に裏切らないことなどによって確立されました。考えてみれば当たり前ではあるのですが、それをどこまで徹底的に追求するか、文字通り暖簾のためなら私財をなげうってまで勝負できるかどうか、というのが大阪商人の魂だったのかもしれません。山崎さんの作品としては比較的短く、また経済ネタを扱っていることから少し異色かもしれませんが、デビューに当たってこれを書かれたというのは如何に大阪に、そして商売人(山崎さんの周りにたくさんいたであろう)に愛着と誇りを持っていたかがわかります。素晴らしい作品だと思います。

2021年4月10日土曜日

第235回:「あ・うん」向田 邦子

レーティング:★★★★★★★

向田邦子さんは、昔からお名前は知っていたもの作品を読んだことがありませんでしたが、図書館で目に入って薄さもちょうど良いので初めてトライしてみました。なんとなくホームドラマ的なイメージがあり食指が動かなかったのですが、衝撃を受けるような一作でした。ぼんやりとですが、脚本家としてスタートされたという話を聞いましたが、本作は映像がはっきりイメージできる流れになっており、さらに1話1話がドラマ1時間に合うような区切りの良さがありました。また、無駄がなく美しい文章で人物描写もユニークでありながら普遍的であり、本当に面白い作品です。

時代は日中戦争の色が濃くなる時、しかしながら太平洋戦争は始まっていないころと思われます。市井の人々のつつましくも逞しい生活を描きながら大人の友情と恋愛、そして若者たちが余すことなく描かれます。また、特高や徴兵といった時代背景もさりげなく挿入されていき、これが反戦小説だとは思いませんがそういう時代背景が強く意識されていることは間違いないところです。

どうして向田さんは昭和50年代にこれを書かれようと思ったのか、と思いました。とても面白い話ですし、あのころはまだ戦後30年くらいで戦争の色が社会にそれなりにくっきりと残っていた時代だったと思いますが・・それにしてもと思います。この作品が出て間もなく飛行機事故で無くなられてしまったということで本当に残念です。たらればは禁物ですし何処にもたどり着きませんが、もっと長く生きていらっしゃればさらに多くの作品を作り出していただけたかと思ってしまいます。

すぐれた作品の解説はほぼ例外なく素晴らしいと何度か書いた記憶がありますが、本作の山口瞳さんの解説も味があり、哀しみがあり、温かさが備わった素晴らしい内容となっています。

2021年3月28日日曜日

第234回:「強き蟻」松本 清張

レーティング:★★★★★☆☆

ここ数年、松本清張さんの作品に嵌っていますが、挙げられるのはまずは圧倒的な筆力。ぐいぐい引き込まれるストーリー、無駄がない描写、最後の鮮やかさ。特に悪人を描く時の旨さと、単に勧善懲悪ではない、悪そのものの存在を肯定した作品になっているところに深みを感じます。松本さんに限らず、昭和の大作家は本当にすごかったと思う。本作品は昭和45年から連載開始(文藝春秋)ということです。当時私は生まれてなかったものの、まだぎりぎり当時の雰囲気が想像ではあるが理解できる気がします。

本作品は年の離れた夫婦、それも30歳も離れた夫婦の話であり、特にその奥さんが主役となって舞台を回していきます。しかしながら、夫もただの老人としては描かれておらずその相克が非常にち密に描かれます。さらに、そこに弁護士や医者、犯罪事件も絡むという豪華キャスト。内容はネタバレにならないよう書けませんが、解説で似鳥 鶏さんが書かれている文書は非常に面白いことを書き添えたいと思います。似鳥さんのお名前は初めて拝見しましたが、やけに現代調の文章だなと思ったら1981年生まれの推理作家の方で、本書(文庫)が刊行された2013年に書かれた文章のようです。

文庫で400ページくらいですが一気に読めます。清張さんの作品としては決して長くはなく、また舞台が地理的にかなり限定されてしまうので、スケールという点ではすこし物足りないものを感じましたが、人間の心理描写や40前後の葛藤といったところは余すところなく描かれている感じがしました。お勧めの一冊です。

2021年3月20日土曜日

第233回:「約束の海」山崎 豊子

レーティング:★★★★★★☆

前回の投稿からほぼ5ヵ月が経過してしまいました。この間の読書量は大きく低下してしまっていました。仕事環境が激変し、身の回りのことをする時間が極端に増え、移動時間が減るなど本を読む時間がどんどん削られました。しかしながら、今になって少し落ち着いて本を読む時間ができたことは良い印しだと思いますし、これからは少しゆっくりと読書をする時間を意識的に持てればと思います。

さて、久々の一冊は山崎さんの遺作となってしまった約束の海です。小さいころに世間をにぎわし、それを幼心で見ていて衝撃を受けたニュースはいくつかあるのですが、たとえば日航機の墜落、チェルノブイリ、そして潜水艦なだしおの衝突事故でした。それらの事故が持つ社会的な意味合いは当時よくわかりませんでしたが、連日、生々しく放送されるテレビを家族でよく見ていましたし、その痛ましさはもちろんのこと、こういうことが身近に起こったらどうしようという不安を漠然と抱いたことを思い出します。

本作は山崎さんらしく、太平洋戦争初日の真珠湾攻撃から、なだしお、そして日本近海における外国勢力とのせめぎあいを取り上げながら、青年の成長と人生を描くという一大叙事詩となっています。三部作が想定されていたということで、第一部で終わってしまったことは本当に残念ですが、こういうスケールの大きな作品で山崎さんが最後に問いたかったことの重みは十分に伝わってきます。テーマ設定もそうですし、どのような題材に心を動かされておられたかというのを読むと、どこまでも人間的な優しい視点を持った作家でらっしゃったことを感じます。取材は綿密を極め、長い年月と考えられない費用が投じられていたようです。こういう作品を生み出していける作家はほとんどにいなくなってしまったように感じられるのが寂しいところです。山崎さんの本はまだ読めていない代表作が数冊あるのでそれらについても順次読み進めたいと思います。

2020年10月25日日曜日

第232回:「受け師の道 百折不撓の棋士・木村一樹」樋口 薫

レーティング:★★★★☆☆☆

前回の投稿から気づけば5ヵ月が経過していました。この間はコロナで仕事のスタイルが変わり、また出張も皆無であったため纏まった移動時間も取れず、更には仕事も幸いなことに忙しい状況が続いたため、本当に数える程しか本を読めていない状況でした。

コロナは日本での状況は落ち着いているわけですが、欧州、米州では引き続き猛威を奮っており、まだまだ世界的に落ち着かない状況なのかと思います。すでに国内の産業や企業も大きな影響を受けていますし、人々のマインドもかなりインパクトを受けているのではないかと思います。

そんな中久々の一冊ですが、木村前王位が王位(初タイトル)を2019年の秋に獲得するまでの苦闘の歴史を綴っています。樋口さんは中日新聞の記者ということです。

現役最年長のタイトル獲得となり、大きな話題となったことは記憶に新しいところですが、本年、気鋭の藤井さんに敗れたことも記憶に新しいところです。本書は本年6月に出ているのですが、木村さんが藤井さんなんかが挑戦者になったら嫌だな、と言っておられるところが印象的です。本当に藤井さんが挑戦者になってしまい、結果的にその通りになってしまいました。

木村さんは奨励会(プロへの過程)で本当に苦労し、23歳9か月で四段昇段。その後は破竹の勢いでA級に昇格するなどします(本年はB級1組)。その過程では、上記の王位獲得の前に6回タイトル戦を戦い、すべて獲得に失敗しています。そのどれもが不本意であり、順位戦の力を出せなかったり、勝ちきれなかったり本当にどれも悔しい負け方となります。そのたびに絶望的な思いをしますが、それでも諦めることがなかったのは本人の努力に裏付けられたひそかな自信と野月さんや行方さんといった素晴らしいプロ棋士や後援会の仲間のお陰であることが良くわかる一冊です。

将棋の技術的な話はほとんどありませんが、その素晴らしい人柄が伝わっていきます。ちょうど今、羽生9段が竜王戦(タイトル戦)に挑んでいますが、羽生さんは木村さんより年上であり、このタイトル戦の行方も注目されます。泣けるところも多い、心洗われる一冊です。

2020年5月6日水曜日

第231回:『親鸞「四つの謎」を解く』 梅原 猛

レーティング:★★★★★★★

前回の投稿からかなり時間が空いてしまい、この間は仕事がやたら忙しく、またコロナ対応などでかなりイレギュラーなライフスタイルになっていました。本書は地元の図書館で借りてきたものですが、地元の図書館もかれこれ1ヵ月ほど完全に閉鎖されており、オンラインの予約受付なども停止しています。地元の本屋に5月4日に行ってきましたが、コロナ感染者数が減ってきていること、陽気が良いことを背景にかなりの人が立ち読みをしていました。ゆっくり本屋で本を見たいところではありますが、雑誌を1冊だけ買って早々に帰ってきました。

ニュースを見ていると東京を始めとして全国で外出自粛が浸透し、GWの人出はかつてないほどの少なさであったようです。感染者数は全国的に目に見えて減ってきていますが、早く学校もビジネスも正常化するとよいと思います。ただ、出張等は数か月は原則禁止になるでしょうし、かなりの影響が本年いっぱい、場合によっては来年にも残っていきそうです。

そんな中ちびちびと読んできたのが本書、前回に続いて親鸞モノです。梅原 猛さんの著作は本当に面白く本ブログでも何度もレビューしてきましたが、まだ読んだことのない一冊がたまたま図書館で目に入ったものです。文庫版で借りていますが平成29年5月、単行本としては2014年10月刊行ということですから、梅原さんの実質的な遺作に近い位置づけではないかと思います(梅原さんは2019年没)。『歎異抄』(唯円)を旧制中学4年から繰り返し、繰り返し読んでこられたという梅原さんの深い思索と取材が詰まった本であり、タイトルにあるとおり謎が設定され、それを解き明かしていく、という流れになっています。

ここからは若干のネタバレを含みますが4つの謎は、それぞれ次のものです。1.出家の謎、2.法然門下入門の謎、3.結婚の謎、4.悪の自覚の謎、というものでどれも大変興味深いものです。それぞれに対して一定の結論が出されていき、その答えが正しいのかどうかというのは色々と議論があるものと思います。個人的には4.は親族というか出自を理由とした答えになっていますが、本当にそれだけなのだろうかという感じがしています。いずれにせよ、一貫して流れているのは『正明伝』という浄土真宗やその研究者から一貫して偽書扱いされてきた伝記(覚如の長子である存覚)をベースに謎解きが展開され、その多くはとても説得力があり、親鸞の生きた時代の困難さや祈り、喜びや深い人間性が感じられてきて本当に味わい深い一作となっています。

また本書の成立には梅原さんがおかれていた最晩年という人生のステージも大きく寄与しています。特に、悪人正機説についてついて考察を深めていく最終部、「二種廻向」、すなわち「往相廻向」と「還相(げんそう)廻向」の下りはとても味わい深く、半分は著者の心の痛切な叫びを聞いているような切なさがあります。梅原さんの数多くの著作の中でもとりわけ素晴らしい1冊ではないかと思いました。

2020年2月11日火曜日

第230回:「親鸞(完結篇)」五木寛之

第229回:「親鸞(激動篇)」五木 寛之

レーティング:★★★★★☆☆

前回レビューした親鸞3部作の真ん中に当たる激動篇となります。まさに文字通り激動ですが、流刑となり京を追われた親鸞が妻の故郷である越後で暮らし始め、その後、故あって東国に移り住むまでの数十年をカバーしています。越後での暮らしは楽なものではありませんが、妻と力を合わせ、また外道院などある意味高い仏性を持った人物たちと出会いながら、つつましいながらも幸せな生活を送り、子宝にも恵まれていきます。通して読んでいくと、この時期が人間の生活という観点では一番充実していたのではないかと思われる暮らしぶりです。

本日も野村監督が亡くなられたというニュースがありましたが、親鸞も終生の師であった法然が逝去したことを受け、自らの本願を探し、かなえるため、当時はまだ発展途上にあった東国に渡ることを決意します。都とも越後ともかけ離れた生活が始まりますが、筑波山の見える草庵にて、ここでも夫婦で力を合わせて生活を行い、幸いにして多くの信徒や信者を得ることに成功します。他方、1部作目から通奏低音になっている信仰の先鋭的な側面がちらちらと出てきて、まるで親鸞の思索や思想が突き詰められればられるほど、それへの反感もまた大きくなっていくようであり、3部作目への伏線がうまく引かれていきます。

2部作目ですが、中だるみせずどんどん読めます。

2019年12月31日火曜日

第228回:「親鸞」五木 寛之

レーティング:★★★★★☆☆

興味がありながら手が出ていなかった一冊です。厳密には上下巻2冊で後に「青春篇」とサブタイトルが付けられる親鸞三部作の第一作に当たるものです。世俗との交わり、弟たちを置いての出家、比叡山からの下山、そして流刑としての新潟への旅立ちまでが綴られます。

我ながら親鸞について改めてなにも知らないことに驚きつつ読みましたが、法然という素晴らしい師を得るものの、一度若いころに聞いた法然の話の良さはよくわからなかったり、色々な女性に思いを寄せたりと人間らしい親しみやすさを前面に出しつつ、修行に厳しい態度で妥協なく励み続ける若き日々が活写されています。また、黒面法師といった悪役が、歌舞伎のように分かりやすく描かれており、ここのあたりは賛否両論あると思いますが、活劇調でぐいぐい引き込まれていきます。さすが人気作家というところです。

親鸞は浄土真宗の宗祖とされており、阿弥陀如来に念仏を唱える、そのことだけで良いという法然の考えを継承して広めていきました。法然の考え方はシンプルですがとても影響力が強く、それゆえに複雑な教義や論理を力の源泉とする比叡山と鋭く対立して弾圧されていった過程は驚くばかりです。また読み進めていくと当時の末法といわれていた時代のとてつもない貧困や不衛生、医療の不在などが見えてきます。そして11月末に久々に行きましたが鴨川のあたりの壮絶な社会風景も浮かび上がってきます。色々な問題は現代にもあるわけですが、基本的な社会ニーズがいかに充足されてきたかを考えると、先人には感謝しないといけないと感じます。

現在、第二部を読んでおりこちらも大変面白いので読み終わったらレビューしていきたいと思います。

第227回:「小説帝銀事件」松本 清張

レーティング:★★★★★☆☆

またまた前回の投稿から2か月ほど空いてしまいました。この10月から年末までは仕事を始めて以来といってもよいかもしれないほど色々な案件が同時進行し、深夜残業ということはありませんでしたが、あらゆる方面に気を回さないといけずとても忙しかった実感があります。また、夏から時間のかかる趣味に取り組んでおり、そちらに会社帰りの電車の中の時間などを大きくとられています。そんな中ではありますが、3冊ほどストックがあるので、一部は年明けに掛かってしまいそうですが、順にレビューしていきたいと思います。

標題の作品は今や昭和の遠い昔の作家になってしまいましたが、大家である松本清張さんの作品です。帝銀事件というのは聞いたことはあったのですが、昭和23年1月26日に起きた帝国銀行の都内支店職員に対する毒薬投与の事件であり、大変衝撃的な内容となっています。本書ではGHQの影響が強く示唆される書き出しとなっていますが、本書を通読しても真相はよくわからず、捕まった方が真犯人であったのかどうかも含めて謎が多いところです。1点分からないのは、GHQの関与とは陰謀説的にはありそうですが、いかなる動機がありえたのかという点です。帝銀が占領政策に反対するようなことをしていたとは思えませんし、731部隊関係者が関与していたとしても積極的にGHQに協力する動機は思い浮かびません。松本さんはこの事件について「帝銀事件の謎」という本も書いているそうですので、そちも読んでみたいと思います。

例年本離れ、雑誌離れが叫ばれますが、確かに家計の使う本への消費額は実感としてもかなり減っている気がします。親の世代に比べて図書館や古本屋も充実していますし、簡単なコンテンツならネットで拾える(除く小説)ようになってきました。本を読むことが良いことだという単純な価値観は持っていませんが、電車やバスで本を読む人々の姿が本当に皆無になりつつあることは寂しい気がします。よい本があればしっかり書店で購入し、少しでも出版界の支えになりたいと思います。

2019年10月6日日曜日

第226回:「筋トレが最強のソリューションである」Testosterone

レーティング:★★★★★☆☆

前回のレビューからずいぶん時間が空いてしまいました。夏休み後から仕事がやたら忙しく、更にはお盆ぐらいから久々に将棋にハマってしまい、会社帰りなどの相当の時間を将棋に使ってしまい、純粋な読書量がかなり減少しています。純粋なという意味は将棋の本は数冊読んでおり、将棋関連以外の本を指しています。

それはともかくとして、図書館に予約してから彼此1年くらい待ってようやく届いた本がこちらです。本屋でも平積みですし、新聞広告などでも目にされる方が多い一冊かと思います。昨今、高齢化に伴う健康意識の高まり、さらにはライザップブーム(去った?)などで健康のために筋トレが役に立つという認識が急速に広がってきた影響で、Testosteroneさんを始めとしてトレーニング本隆盛の時代を迎えていきます。

過度なものでなければ運動が健康にいいのは疑う余地がないところですし、健康であれば結果としてダウンタイムや医療費の削減に繋がるのも事実でしょうから、そういう意味でこのブームは良いことだと思います。他方、糖分満載のタピオカが流行したり、相変わらずデカ盛り番組などがたくさん流されていることを考えると、おそらく健康やスポーツに目を向ける人とそうでない人というのもまた顕著に違うのかもしれません。結局は自分で責任を負うべき選択であり、それ自体はとやかくいえませんが。

この本はまさにタイトルの通りで筋トレしたらうまくいく、そして気分も上がるという本です。特に欧米ではかなり筋トレというのは標準的な日常活動に組み込まれている感じがします。マッチョ志向とは言いませんが、男女を問わずがっちりとした肉体で健康になる(見せる)というのはかなり重要な要素らしく、健康のためにそうしているかは別として、価値観に組み込まれていると思います。そういう波が大きな意味での欧米化の一部として日本にも遅ればせながら到来してきているのかもしれません。ちょうど今ラグビーワールドカップが盛り上がっていますが、彼らの筋肉隆々とした体とプレーを見ていると、日本人の憧れの体も少しずつ変化していくのかもしれません。本書の内容にほとんど触れませんでしたが、深い言葉あり、面白い逸話あり、軽妙なギャグありで面白いです。特に10代、20代で読むとその後の大きな財産になりそうな本です。

2019年8月11日日曜日

第225回:「極夜行前」角幡 唯介

レーティング:★★★★★★★

第221回でレビューした名作と呼び声の高い「極夜行」のまさに準備段階について記した一冊です。角幡さんには失礼ですが、人気作の二番煎じでつまらない本なんじゃないかという危惧も少しだけあったのですが、至極真面目に書かれており、またそのクオリティは「極夜行」よりも高いのではないかという一冊でした。探検物が好きな方には本当にマストといえる一冊ではないでしょうか。素晴らしい作品です。

おおもとになった「極夜行」については既に第221回に結構書き込んだのでまだの方はそちらを見ていただくとして、本書の素晴らしさは冒険家角幡唯介が如何に長い年月を掛け、また用意周到に困難を乗り越えながら準備してきたがの過程がつぶさにわかることです。例えば本編ではさらりとしか触れられない六分儀について試行錯誤を繰り返したこと、デポについては何度も何度も荒らされてきたこと、またカヤックでの北極圏での長旅を行ってきたことなど、どれもが得難い探検となっています。また、その過程では自らと北極圏がダイレクトにつながり、まさに自然の恵みを得て自分が生きていき、さらに旅をアレンジしていくというダイレクトな感覚を味わうプロセスが描かれており、感動的ですらあります。

自分が道具を使いこなし、スキルを習得しながら自らのできることを拡大していく、それは生命にとって生きることと同義であるはず。旅の中でそのプロセスをたくさんの助力を得ながら実現していったこの探検は、間違いなく事前準備も含めて角幡さんの最高傑作ではないでしょうか。また、30代後半から40代前半に掛けて何かの最高傑作を残したいという角幡さんの人生観は胸に刺さるものがあります。当然、探検という肉体的な要素が強いジャンルと市井の勤め人では何をもってピークとするかは相当異なるものと思いますが、その覚悟に学ぶところ大です。

2019年8月10日土曜日

第224回:「黄砂の籠城」松岡 圭祐

レーティング:★★★★★★☆

随分前回のレビューから時間が空いてしまいました。更新頻度が落ちるときは本があまり読めていないという時もあるのですが、それ以上に仕事やらで忙しくなってしまい、なかなか家でPCを空ける時間が取れないという時が多いです。7月は色々とバタバタでしたが、やっとお盆になり一息。数冊のストックがあるので順にレビューしていきたいと思います。

さて、松岡さんの本はまだ読んだことがなかったのですが、ミステリーを中心に書かれてきた作家が書下ろしで新たなジャンルに挑んだのがこの一冊ということです。あるブログを読んでいたら、本当に面白いので読んでほしいという熱いポストがあり手を出してみました。文庫で上下2冊ですが、非常に面白くてぐいぐい読んでしまいました。

題材は歴史で習う所謂「義和団事件」であり、義和団の乱とか義和団の変などといったりもします。時は清王朝の末期、1900年のことです。予てからの日本を含む列強の中国への駐屯が進む中で、欧米諸国は宣教師を通じたキリスト教の布教に力を入れていましたが、その欧米人やキリスト教のアプローチに強く反発した宗教結社の義和団が中核となり、キリスト教会を手始めに列強の権益に反対し、ついには西太后が列強に宣戦布告をし、北京の公使館地区である東交民港を義和団と清朝軍が包囲し、壮絶な籠城戦を行っていきますが、この過程が描かれています。

その籠城戦の中では、会津という歴史的な宿命を負ってしまった藩出身の柴五郎が陸軍軍人として連合国の作戦立案、籠城戦でとてつもない働きをします。そのこと自体知りませんでしたが、日本人は一致団結して、また義勇兵も含めて献身的に働き、籠城戦成功に大きな役割を果たしたと言われています。やや一方的な日本礼賛と思えるところもなくはないですが、筆致は抑え気味でわりと客観的なのではないかと思います。また、この間の他国(特にイギリス、ロシア)とのやりとりや内紛、スパイなどは息を握る展開であり、ものすごい戦いがあったのだなと痛感しました。歴史ものとしてもエンタメ大作としてもとても面白く読めると思います。お勧めです。