レーティング:★★★★★☆☆
約一年ぶりの投稿になってしまいました。少しまとめてレビューしようと思いつつ、4月頃から私の住んでいるところはコロナが落ち着き、年後半には仕事も一気に活発化し、また予想しない出来事も重なりついぞ年末ぎりぎりになってしまいました。年内はこれが最後になると思いますが、年明けにでも今日再開したレビューを継続していきたいと思います。バックログが結構あります。
年末なので今年を少し振り返ると、2月にはロシアによるウクライナ侵攻があり仕事も間接的に影響を受けました。何より非道な戦争が一方的に始められ、多くの市民や軍人が日々犠牲になり続け、それを止める有効な手段もないことは改めて恐ろしいことだと思います。思えば、昨年2月にはほとんど誰も予測できなかったミャンマーでのクーデターが起きました。たまたまいずれも2月でしたが、こうしてみると来年も再来年も予想できなかったことが起きる可能性というのは十分に認識しておかないといけないと思います。もちろん良いことも色々とあり、霧がはれるように少しずつコロナの流行が下火になり、ここ2年できなかった出張や大人数での宴席などが再開できて、改めて対面で話をすることに重要さとか楽しさを感じました。また、日本的にはサッカーワールドカップはポジティブ・サプライズになり、知人たちと予選をバーで見て盛り上がったのもとても良い思い出となりました。
読書に関して言えば、忙しさが増した後半は少し減速したものの、複数の長編に取り組むことができて充実していたと思えます。今回レビューする大聖堂はケン・フォレットさんの大作となります。文庫版で購入しましたが600ページくらいが3冊と非常に厚みがある本でした。ファンタジー的な要素は少しありますが、大半は地に足の着いた、能々下調べのなされた大作です。イギリスを中心として王権と神権の相克、大聖堂に命を懸ける人々の生きざま、市井の人々がさらされる脆弱さと力強さ、聖と俗、そういったものを描き切った作品なのではないかと思います。欧州に仕事でもプライベートでも行けるチャンスが現状はとても少ないのですが、もう一度、昔欧州で見たいくつかの聖堂を訪問してみたくなります。昔は少し陰気な感じがして、近寄りがたいものだと感じていたのですが、また違って視点で見られそうです。
なお、本書はイギリスが舞台ですが、キリスト教やその歴史への理解、英国史の知識などがあるとより楽しく、深く理解できそうです。残念ながら私にはどちらもなかったのですが、その分とても勉強になり、そして新たな感じを得られる作品というところを感じました。この方面に関心がある方や長編叙事詩が好きな方には大変おすすめです。ただ、繰り返しになりますがとても長いので気長に読んでいくことが必要になります。
このBlogの目的は、シンプルです。ただ、私が読んだ本を評していくこと、それだけです。ちなみにジャンルの限定はなく、ただ一つのルールは、私が最初から最後までリアルタイムに読んだ本、それを書評することだけです(従って、昔読んだ本や全て読まなかったものは対象外)。
2022年12月29日木曜日
2021年3月20日土曜日
第233回:「約束の海」山崎 豊子
レーティング:★★★★★★☆
前回の投稿からほぼ5ヵ月が経過してしまいました。この間の読書量は大きく低下してしまっていました。仕事環境が激変し、身の回りのことをする時間が極端に増え、移動時間が減るなど本を読む時間がどんどん削られました。しかしながら、今になって少し落ち着いて本を読む時間ができたことは良い印しだと思いますし、これからは少しゆっくりと読書をする時間を意識的に持てればと思います。
さて、久々の一冊は山崎さんの遺作となってしまった約束の海です。小さいころに世間をにぎわし、それを幼心で見ていて衝撃を受けたニュースはいくつかあるのですが、たとえば日航機の墜落、チェルノブイリ、そして潜水艦なだしおの衝突事故でした。それらの事故が持つ社会的な意味合いは当時よくわかりませんでしたが、連日、生々しく放送されるテレビを家族でよく見ていましたし、その痛ましさはもちろんのこと、こういうことが身近に起こったらどうしようという不安を漠然と抱いたことを思い出します。
本作は山崎さんらしく、太平洋戦争初日の真珠湾攻撃から、なだしお、そして日本近海における外国勢力とのせめぎあいを取り上げながら、青年の成長と人生を描くという一大叙事詩となっています。三部作が想定されていたということで、第一部で終わってしまったことは本当に残念ですが、こういうスケールの大きな作品で山崎さんが最後に問いたかったことの重みは十分に伝わってきます。テーマ設定もそうですし、どのような題材に心を動かされておられたかというのを読むと、どこまでも人間的な優しい視点を持った作家でらっしゃったことを感じます。取材は綿密を極め、長い年月と考えられない費用が投じられていたようです。こういう作品を生み出していける作家はほとんどにいなくなってしまったように感じられるのが寂しいところです。山崎さんの本はまだ読めていない代表作が数冊あるのでそれらについても順次読み進めたいと思います。
前回の投稿からほぼ5ヵ月が経過してしまいました。この間の読書量は大きく低下してしまっていました。仕事環境が激変し、身の回りのことをする時間が極端に増え、移動時間が減るなど本を読む時間がどんどん削られました。しかしながら、今になって少し落ち着いて本を読む時間ができたことは良い印しだと思いますし、これからは少しゆっくりと読書をする時間を意識的に持てればと思います。
さて、久々の一冊は山崎さんの遺作となってしまった約束の海です。小さいころに世間をにぎわし、それを幼心で見ていて衝撃を受けたニュースはいくつかあるのですが、たとえば日航機の墜落、チェルノブイリ、そして潜水艦なだしおの衝突事故でした。それらの事故が持つ社会的な意味合いは当時よくわかりませんでしたが、連日、生々しく放送されるテレビを家族でよく見ていましたし、その痛ましさはもちろんのこと、こういうことが身近に起こったらどうしようという不安を漠然と抱いたことを思い出します。
本作は山崎さんらしく、太平洋戦争初日の真珠湾攻撃から、なだしお、そして日本近海における外国勢力とのせめぎあいを取り上げながら、青年の成長と人生を描くという一大叙事詩となっています。三部作が想定されていたということで、第一部で終わってしまったことは本当に残念ですが、こういうスケールの大きな作品で山崎さんが最後に問いたかったことの重みは十分に伝わってきます。テーマ設定もそうですし、どのような題材に心を動かされておられたかというのを読むと、どこまでも人間的な優しい視点を持った作家でらっしゃったことを感じます。取材は綿密を極め、長い年月と考えられない費用が投じられていたようです。こういう作品を生み出していける作家はほとんどにいなくなってしまったように感じられるのが寂しいところです。山崎さんの本はまだ読めていない代表作が数冊あるのでそれらについても順次読み進めたいと思います。
2020年5月6日水曜日
第231回:『親鸞「四つの謎」を解く』 梅原 猛
レーティング:★★★★★★★
前回の投稿からかなり時間が空いてしまい、この間は仕事がやたら忙しく、またコロナ対応などでかなりイレギュラーなライフスタイルになっていました。本書は地元の図書館で借りてきたものですが、地元の図書館もかれこれ1ヵ月ほど完全に閉鎖されており、オンラインの予約受付なども停止しています。地元の本屋に5月4日に行ってきましたが、コロナ感染者数が減ってきていること、陽気が良いことを背景にかなりの人が立ち読みをしていました。ゆっくり本屋で本を見たいところではありますが、雑誌を1冊だけ買って早々に帰ってきました。
ニュースを見ていると東京を始めとして全国で外出自粛が浸透し、GWの人出はかつてないほどの少なさであったようです。感染者数は全国的に目に見えて減ってきていますが、早く学校もビジネスも正常化するとよいと思います。ただ、出張等は数か月は原則禁止になるでしょうし、かなりの影響が本年いっぱい、場合によっては来年にも残っていきそうです。
そんな中ちびちびと読んできたのが本書、前回に続いて親鸞モノです。梅原 猛さんの著作は本当に面白く本ブログでも何度もレビューしてきましたが、まだ読んだことのない一冊がたまたま図書館で目に入ったものです。文庫版で借りていますが平成29年5月、単行本としては2014年10月刊行ということですから、梅原さんの実質的な遺作に近い位置づけではないかと思います(梅原さんは2019年没)。『歎異抄』(唯円)を旧制中学4年から繰り返し、繰り返し読んでこられたという梅原さんの深い思索と取材が詰まった本であり、タイトルにあるとおり謎が設定され、それを解き明かしていく、という流れになっています。
ここからは若干のネタバレを含みますが4つの謎は、それぞれ次のものです。1.出家の謎、2.法然門下入門の謎、3.結婚の謎、4.悪の自覚の謎、というものでどれも大変興味深いものです。それぞれに対して一定の結論が出されていき、その答えが正しいのかどうかというのは色々と議論があるものと思います。個人的には4.は親族というか出自を理由とした答えになっていますが、本当にそれだけなのだろうかという感じがしています。いずれにせよ、一貫して流れているのは『正明伝』という浄土真宗やその研究者から一貫して偽書扱いされてきた伝記(覚如の長子である存覚)をベースに謎解きが展開され、その多くはとても説得力があり、親鸞の生きた時代の困難さや祈り、喜びや深い人間性が感じられてきて本当に味わい深い一作となっています。
また本書の成立には梅原さんがおかれていた最晩年という人生のステージも大きく寄与しています。特に、悪人正機説についてついて考察を深めていく最終部、「二種廻向」、すなわち「往相廻向」と「還相(げんそう)廻向」の下りはとても味わい深く、半分は著者の心の痛切な叫びを聞いているような切なさがあります。梅原さんの数多くの著作の中でもとりわけ素晴らしい1冊ではないかと思いました。
前回の投稿からかなり時間が空いてしまい、この間は仕事がやたら忙しく、またコロナ対応などでかなりイレギュラーなライフスタイルになっていました。本書は地元の図書館で借りてきたものですが、地元の図書館もかれこれ1ヵ月ほど完全に閉鎖されており、オンラインの予約受付なども停止しています。地元の本屋に5月4日に行ってきましたが、コロナ感染者数が減ってきていること、陽気が良いことを背景にかなりの人が立ち読みをしていました。ゆっくり本屋で本を見たいところではありますが、雑誌を1冊だけ買って早々に帰ってきました。
ニュースを見ていると東京を始めとして全国で外出自粛が浸透し、GWの人出はかつてないほどの少なさであったようです。感染者数は全国的に目に見えて減ってきていますが、早く学校もビジネスも正常化するとよいと思います。ただ、出張等は数か月は原則禁止になるでしょうし、かなりの影響が本年いっぱい、場合によっては来年にも残っていきそうです。
そんな中ちびちびと読んできたのが本書、前回に続いて親鸞モノです。梅原 猛さんの著作は本当に面白く本ブログでも何度もレビューしてきましたが、まだ読んだことのない一冊がたまたま図書館で目に入ったものです。文庫版で借りていますが平成29年5月、単行本としては2014年10月刊行ということですから、梅原さんの実質的な遺作に近い位置づけではないかと思います(梅原さんは2019年没)。『歎異抄』(唯円)を旧制中学4年から繰り返し、繰り返し読んでこられたという梅原さんの深い思索と取材が詰まった本であり、タイトルにあるとおり謎が設定され、それを解き明かしていく、という流れになっています。
ここからは若干のネタバレを含みますが4つの謎は、それぞれ次のものです。1.出家の謎、2.法然門下入門の謎、3.結婚の謎、4.悪の自覚の謎、というものでどれも大変興味深いものです。それぞれに対して一定の結論が出されていき、その答えが正しいのかどうかというのは色々と議論があるものと思います。個人的には4.は親族というか出自を理由とした答えになっていますが、本当にそれだけなのだろうかという感じがしています。いずれにせよ、一貫して流れているのは『正明伝』という浄土真宗やその研究者から一貫して偽書扱いされてきた伝記(覚如の長子である存覚)をベースに謎解きが展開され、その多くはとても説得力があり、親鸞の生きた時代の困難さや祈り、喜びや深い人間性が感じられてきて本当に味わい深い一作となっています。
また本書の成立には梅原さんがおかれていた最晩年という人生のステージも大きく寄与しています。特に、悪人正機説についてついて考察を深めていく最終部、「二種廻向」、すなわち「往相廻向」と「還相(げんそう)廻向」の下りはとても味わい深く、半分は著者の心の痛切な叫びを聞いているような切なさがあります。梅原さんの数多くの著作の中でもとりわけ素晴らしい1冊ではないかと思いました。
2019年8月10日土曜日
第224回:「黄砂の籠城」松岡 圭祐
レーティング:★★★★★★☆
随分前回のレビューから時間が空いてしまいました。更新頻度が落ちるときは本があまり読めていないという時もあるのですが、それ以上に仕事やらで忙しくなってしまい、なかなか家でPCを空ける時間が取れないという時が多いです。7月は色々とバタバタでしたが、やっとお盆になり一息。数冊のストックがあるので順にレビューしていきたいと思います。
さて、松岡さんの本はまだ読んだことがなかったのですが、ミステリーを中心に書かれてきた作家が書下ろしで新たなジャンルに挑んだのがこの一冊ということです。あるブログを読んでいたら、本当に面白いので読んでほしいという熱いポストがあり手を出してみました。文庫で上下2冊ですが、非常に面白くてぐいぐい読んでしまいました。
題材は歴史で習う所謂「義和団事件」であり、義和団の乱とか義和団の変などといったりもします。時は清王朝の末期、1900年のことです。予てからの日本を含む列強の中国への駐屯が進む中で、欧米諸国は宣教師を通じたキリスト教の布教に力を入れていましたが、その欧米人やキリスト教のアプローチに強く反発した宗教結社の義和団が中核となり、キリスト教会を手始めに列強の権益に反対し、ついには西太后が列強に宣戦布告をし、北京の公使館地区である東交民港を義和団と清朝軍が包囲し、壮絶な籠城戦を行っていきますが、この過程が描かれています。
その籠城戦の中では、会津という歴史的な宿命を負ってしまった藩出身の柴五郎が陸軍軍人として連合国の作戦立案、籠城戦でとてつもない働きをします。そのこと自体知りませんでしたが、日本人は一致団結して、また義勇兵も含めて献身的に働き、籠城戦成功に大きな役割を果たしたと言われています。やや一方的な日本礼賛と思えるところもなくはないですが、筆致は抑え気味でわりと客観的なのではないかと思います。また、この間の他国(特にイギリス、ロシア)とのやりとりや内紛、スパイなどは息を握る展開であり、ものすごい戦いがあったのだなと痛感しました。歴史ものとしてもエンタメ大作としてもとても面白く読めると思います。お勧めです。
随分前回のレビューから時間が空いてしまいました。更新頻度が落ちるときは本があまり読めていないという時もあるのですが、それ以上に仕事やらで忙しくなってしまい、なかなか家でPCを空ける時間が取れないという時が多いです。7月は色々とバタバタでしたが、やっとお盆になり一息。数冊のストックがあるので順にレビューしていきたいと思います。
さて、松岡さんの本はまだ読んだことがなかったのですが、ミステリーを中心に書かれてきた作家が書下ろしで新たなジャンルに挑んだのがこの一冊ということです。あるブログを読んでいたら、本当に面白いので読んでほしいという熱いポストがあり手を出してみました。文庫で上下2冊ですが、非常に面白くてぐいぐい読んでしまいました。
題材は歴史で習う所謂「義和団事件」であり、義和団の乱とか義和団の変などといったりもします。時は清王朝の末期、1900年のことです。予てからの日本を含む列強の中国への駐屯が進む中で、欧米諸国は宣教師を通じたキリスト教の布教に力を入れていましたが、その欧米人やキリスト教のアプローチに強く反発した宗教結社の義和団が中核となり、キリスト教会を手始めに列強の権益に反対し、ついには西太后が列強に宣戦布告をし、北京の公使館地区である東交民港を義和団と清朝軍が包囲し、壮絶な籠城戦を行っていきますが、この過程が描かれています。
その籠城戦の中では、会津という歴史的な宿命を負ってしまった藩出身の柴五郎が陸軍軍人として連合国の作戦立案、籠城戦でとてつもない働きをします。そのこと自体知りませんでしたが、日本人は一致団結して、また義勇兵も含めて献身的に働き、籠城戦成功に大きな役割を果たしたと言われています。やや一方的な日本礼賛と思えるところもなくはないですが、筆致は抑え気味でわりと客観的なのではないかと思います。また、この間の他国(特にイギリス、ロシア)とのやりとりや内紛、スパイなどは息を握る展開であり、ものすごい戦いがあったのだなと痛感しました。歴史ものとしてもエンタメ大作としてもとても面白く読めると思います。お勧めです。
2019年7月7日日曜日
第223回:「沈黙」遠藤 周作
レーティング:★★★★★★★
第219回でレビューした「深い河」に続き、遠藤周作さんの代表作です。これもいいよとお勧めをしてもらった一冊となります。さっそく読んでみましたが、題材、構成、描写、文体などどれも超一流であり、文句なしの最高レーティングです。昭和の大作家はすごいということを折に触れて描いていますが、その凄まじさを印象付けるに十分な一冊です。中学以上の学生さんにも十分読める内容だと思いますので、ぜひ夏休みなどに読んでみるとよいのではないかと思います。
テーマはキリスト教、布教と弾圧、さらには神の沈黙、そもそも信仰とは何かというところまで掘り下がっていきます。そんなに分厚い本ではありませんが、司祭や信徒に待ち受ける過酷すぎる運命を通じて、これらが浮き彫りにされていきます。作品の内容としては決して明るくありませんし、読んでいると頭からどんよりと暗い気分になりますが、それほど作品がもつパワーが強いということかと思います。
作品は、じわじわと繰り返される疑問、なぜ沈黙なのか、なぜ何の救いも与えられないのかという点を軸に進んでいきます。そして最後まで沈黙は破られず、救いも与えられませんが、その中で葛藤し、答えが見いだされていきます。基本的には信仰の葛藤を描いていると考えられますが、シニカルな見方をすればそこまで信じる価値のあるものは何なのか、ただの自分勝手な思い込みに過ぎないのかという見方も成立するのではないかと思います。ここらへんの分岐は、そもそもキリスト教的な見方を持てるのか、持てないのか、もっといえば宗教的な強い信仰を持ったことがあるのか、ないのかというところに左右されるともいますが、私は後者の部類なので司祭に没入するということは難しかったです。
しかしながら、個人的な信仰の有無は別として作品としての素晴らしさは全く減じることなくあります。また、歴史的なキリシタン弾圧の一つの側面が書かれており、その凄まじさを学ぶこともできます。2015年頃でしょうか、インドネシアのスマトラのキリスト教が多い地区に行ったことがありますが、そこでも圧倒的なイスラム圏におけるキリスト教の存在を目にして、ずいぶん驚いた記憶があります。良作中の良作といってよい一冊であり、ぜひ読んでいただきたいと思います。
第219回でレビューした「深い河」に続き、遠藤周作さんの代表作です。これもいいよとお勧めをしてもらった一冊となります。さっそく読んでみましたが、題材、構成、描写、文体などどれも超一流であり、文句なしの最高レーティングです。昭和の大作家はすごいということを折に触れて描いていますが、その凄まじさを印象付けるに十分な一冊です。中学以上の学生さんにも十分読める内容だと思いますので、ぜひ夏休みなどに読んでみるとよいのではないかと思います。
テーマはキリスト教、布教と弾圧、さらには神の沈黙、そもそも信仰とは何かというところまで掘り下がっていきます。そんなに分厚い本ではありませんが、司祭や信徒に待ち受ける過酷すぎる運命を通じて、これらが浮き彫りにされていきます。作品の内容としては決して明るくありませんし、読んでいると頭からどんよりと暗い気分になりますが、それほど作品がもつパワーが強いということかと思います。
作品は、じわじわと繰り返される疑問、なぜ沈黙なのか、なぜ何の救いも与えられないのかという点を軸に進んでいきます。そして最後まで沈黙は破られず、救いも与えられませんが、その中で葛藤し、答えが見いだされていきます。基本的には信仰の葛藤を描いていると考えられますが、シニカルな見方をすればそこまで信じる価値のあるものは何なのか、ただの自分勝手な思い込みに過ぎないのかという見方も成立するのではないかと思います。ここらへんの分岐は、そもそもキリスト教的な見方を持てるのか、持てないのか、もっといえば宗教的な強い信仰を持ったことがあるのか、ないのかというところに左右されるともいますが、私は後者の部類なので司祭に没入するということは難しかったです。
しかしながら、個人的な信仰の有無は別として作品としての素晴らしさは全く減じることなくあります。また、歴史的なキリシタン弾圧の一つの側面が書かれており、その凄まじさを学ぶこともできます。2015年頃でしょうか、インドネシアのスマトラのキリスト教が多い地区に行ったことがありますが、そこでも圧倒的なイスラム圏におけるキリスト教の存在を目にして、ずいぶん驚いた記憶があります。良作中の良作といってよい一冊であり、ぜひ読んでいただきたいと思います。
2019年6月1日土曜日
第218回:「名場面で見る聖書」中見 利男
レーティング:★★★★☆☆☆
自分自身はミッション系の教育を受けたことがなく、また自発的にキリスト教について勉強することもなく生きてきたのですが、最近ひょんなことで聖書ってなにも知らないなと思い立ち借りてきました。聖書は旧約、新約とあるわけですが、これらすべてを通読するのは余りに骨なので、かなり安易ですがKKベストセラーズのこの一冊を入門書として借りてきました。
通読してみて、聖書の名場面はよくわかったのですが、なかなか書いてあることが理解できても、共感したり深く納得するのはかなり難しいな、というのが率直な感想です。特に旧約聖書の世界観というか歴史的な記述はなかなかすっと頭に入りません。新約聖書はもう少し一般倫理観的な観点で理解できる気もするのですが、それにしても罪人がまず最初に許される神の寛容さなど、親鸞的な価値の逆転も見られて、これまたそうだよねとすぐに分かるものでもありませんでした。
もう少し違う角度の聖書の入門書を読んでみたいと思います。また違った面白さが分かるかもしれません。
自分自身はミッション系の教育を受けたことがなく、また自発的にキリスト教について勉強することもなく生きてきたのですが、最近ひょんなことで聖書ってなにも知らないなと思い立ち借りてきました。聖書は旧約、新約とあるわけですが、これらすべてを通読するのは余りに骨なので、かなり安易ですがKKベストセラーズのこの一冊を入門書として借りてきました。
通読してみて、聖書の名場面はよくわかったのですが、なかなか書いてあることが理解できても、共感したり深く納得するのはかなり難しいな、というのが率直な感想です。特に旧約聖書の世界観というか歴史的な記述はなかなかすっと頭に入りません。新約聖書はもう少し一般倫理観的な観点で理解できる気もするのですが、それにしても罪人がまず最初に許される神の寛容さなど、親鸞的な価値の逆転も見られて、これまたそうだよねとすぐに分かるものでもありませんでした。
もう少し違う角度の聖書の入門書を読んでみたいと思います。また違った面白さが分かるかもしれません。
2019年1月20日日曜日
第205回:「ブッダの真理のことば、感興のことば」中村 元訳
レーティング:★★★★★★☆
岩波書店から出ている大古典が、本年一冊目のレビューです。中村 元さんは日本を代表する仏教学者ですが、大学時代にある授業をとった時、その先生のお師匠ということで、講義で何度も絶賛されていたのを今でも覚えています。岩波文庫での発刊は1976年、文庫なのに1,000円を超えています。
本書は教団化が進んでいない原始仏教の経典を邦訳したものであり、真理のことばは「ダンマパダ」(パーリ語)、感興のことばは「ウダーナヴァルガ」(同)を出店としており、翻訳に際しては漢語、英語などの後世の役も参考にしているとのことです。特に真理のことばはとても平明な短文で構成されていて、今の世の中でも十分我々の生き方を考えさせられるようなごく日常的な宗教色がほとんどない警句集といった趣です。感興のことばは、それに比較すれば少し長い感じがあり、もう少し論理構成 が長くなっている感じがします。
この原始仏教の良さは、その後の世俗化や高度に複雑化してしまった仏教の書物とは違い、もっと当時の人々の息遣いが聞こえるような切実さとシンプルさがあることです。ここ数年、日本や世界の古典を徐々に読もうとしているので、その意味で本書を読めたのはとても嬉しく、聖書やコーランも読んでみたいところです。本書は注釈を除けはそんなに長い本ではないので折に触れて取り出し、読む機会がありそうです。
岩波書店から出ている大古典が、本年一冊目のレビューです。中村 元さんは日本を代表する仏教学者ですが、大学時代にある授業をとった時、その先生のお師匠ということで、講義で何度も絶賛されていたのを今でも覚えています。岩波文庫での発刊は1976年、文庫なのに1,000円を超えています。
本書は教団化が進んでいない原始仏教の経典を邦訳したものであり、真理のことばは「ダンマパダ」(パーリ語)、感興のことばは「ウダーナヴァルガ」(同)を出店としており、翻訳に際しては漢語、英語などの後世の役も参考にしているとのことです。特に真理のことばはとても平明な短文で構成されていて、今の世の中でも十分我々の生き方を考えさせられるようなごく日常的な宗教色がほとんどない警句集といった趣です。感興のことばは、それに比較すれば少し長い感じがあり、もう少し論理構成 が長くなっている感じがします。
この原始仏教の良さは、その後の世俗化や高度に複雑化してしまった仏教の書物とは違い、もっと当時の人々の息遣いが聞こえるような切実さとシンプルさがあることです。ここ数年、日本や世界の古典を徐々に読もうとしているので、その意味で本書を読めたのはとても嬉しく、聖書やコーランも読んでみたいところです。本書は注釈を除けはそんなに長い本ではないので折に触れて取り出し、読む機会がありそうです。
2018年11月23日金曜日
第201回:「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」加藤 陽子
レーティング:★★★★★★★
発行時にベストセラーになった一冊です。著者は加藤さんで、東大の文学部の教授をされています。平易な語り口ですが、深い洞察力と相手国側や国際社会側の視点も持って語られ、歴史が立体的に浮き上がってきます。ちなみに神奈川を代表する栄光学園で5日間講義を行った際の記録がまとめられたのが本書です。その内容の素晴らしさと教育的な価値に気づかれたのでしょう、ご本人と先生方が一緒にまとめられた本ということです。
本書は、日清、日露、日中そして太平洋戦争を俯瞰することで、どうしてかくも立て続けに戦争を行ったのか、また国民や指導部はどのように戦争に突き進んでいってしまったのかを書いています。よくある俗説のように軍国主義の一部の勢力が国民を抑圧し、騙すことで戦争に突き進んだという簡単な見方は消え、むしろ国民運動としての積極的な支持があり、さらにその中心には日本の国家としての安全保障という確信的な利益をいかにして列強との間で確保するかという長期的戦略がベースにあったことが明らかにされていきます。
日清はアジアからの独立、日露は欧米からの独立(福沢諭吉の脱亜入欧もでてきます)、資源確保と列強との間の勢力争いとなった日中(しかしながら中国の戦略もあり内部に深く取り込まれていく)、更に勝利の目算がないままそれでも国民の多くが熱狂的に支持した太平洋戦争。この過程では普通選挙や人権擁護といった普通の議論が巷ではなされ、しかし土地本位の政治体制が金持ち優遇を脱せず、軍部が民衆を代表するいわゆる野党として現れ、与党のような実権を掌握する過程が描かれます。国内の分裂や政治不全が戦争への道を敷いたという意味で、更には国民もそれを多くの場合に支持をしたという意味で、現代の荒れる世界にも考えうるような課題を突き付けていることが分かります。
このボリュームで戦争終了までの極めて質の高い近代通史が読めるというのは画期的なことで、最上位レーティングとしました。
発行時にベストセラーになった一冊です。著者は加藤さんで、東大の文学部の教授をされています。平易な語り口ですが、深い洞察力と相手国側や国際社会側の視点も持って語られ、歴史が立体的に浮き上がってきます。ちなみに神奈川を代表する栄光学園で5日間講義を行った際の記録がまとめられたのが本書です。その内容の素晴らしさと教育的な価値に気づかれたのでしょう、ご本人と先生方が一緒にまとめられた本ということです。
本書は、日清、日露、日中そして太平洋戦争を俯瞰することで、どうしてかくも立て続けに戦争を行ったのか、また国民や指導部はどのように戦争に突き進んでいってしまったのかを書いています。よくある俗説のように軍国主義の一部の勢力が国民を抑圧し、騙すことで戦争に突き進んだという簡単な見方は消え、むしろ国民運動としての積極的な支持があり、さらにその中心には日本の国家としての安全保障という確信的な利益をいかにして列強との間で確保するかという長期的戦略がベースにあったことが明らかにされていきます。
日清はアジアからの独立、日露は欧米からの独立(福沢諭吉の脱亜入欧もでてきます)、資源確保と列強との間の勢力争いとなった日中(しかしながら中国の戦略もあり内部に深く取り込まれていく)、更に勝利の目算がないままそれでも国民の多くが熱狂的に支持した太平洋戦争。この過程では普通選挙や人権擁護といった普通の議論が巷ではなされ、しかし土地本位の政治体制が金持ち優遇を脱せず、軍部が民衆を代表するいわゆる野党として現れ、与党のような実権を掌握する過程が描かれます。国内の分裂や政治不全が戦争への道を敷いたという意味で、更には国民もそれを多くの場合に支持をしたという意味で、現代の荒れる世界にも考えうるような課題を突き付けていることが分かります。
このボリュームで戦争終了までの極めて質の高い近代通史が読めるというのは画期的なことで、最上位レーティングとしました。
2018年6月24日日曜日
第190回:「山本五十六」阿川 弘之
レーティング:★★★★★★★
山本五十六は、日本の軍人の中では東郷平八郎、乃木希典あたりと同格の高い知名度を持っているのではないかと思います。今はそうでもないのかもしれませんが、私の小学校時代はまだプラモデルがそれなりに人気があり、軍艦や戦車、ゼロ戦といったものを幾つか作った記憶があります。その後、太平洋戦争の書籍をたまに図書館で借りて読んだりしていましたが、戦後に描かれた本は、ほとんどが海軍善玉説であり、陸軍=悪玉というわかりやすい描かれ方をしています。その主な理由は、2・26事件を主導したのが陸軍の青年将校であったこと、また明確な戦略がなく中国で戦線を拡大し、なし崩し的に三国同盟を推進したことで、米英との全面対決の構図を作ったことが挙げられます。
さて、本書はそのようにとかく善く描かれがちな海軍において連合艦隊司令長官(亡くなったのち元帥)を務めた山本五十六の評伝です。まずは本当に丹念に取材がなされており、また多くの先人の書物の上に作られていますので、とてもバランスが取れた内容になっています。山本氏が長岡の出身で、贔屓ともいえるとても強い郷土愛を持っていたこと、夫婦仲はよくなく、外に親密な女性を抱えていたことなど目にうろこの部分がかなりあります。また、昭和初期から軍縮交渉に携わり、米国、英国にも長期出張を含めてかなり滞在したことも恥ずかしながら知りませんでした。そういう国際的な経験を通じて、日本の国力の限界を理解していたがゆえに、開戦反対であったことはよく知られていますし、早くから艦艇に対して飛行機の有用性を意識していたことも有名です。
真珠湾攻撃は、山本氏の短期決戦、早期講和を目指す考えから出てきており、機動部隊で米国海軍の本拠地を叩くという本当に野心的な作戦でした。結果的に空母を叩けなかったわけですが、相当の成果を上げました。その後の連合艦隊司令長官は、正直に言えばあまり積極的に指揮を執っているわけでもなく、大和に蟄居するような形で日を過ごしていたようです。惜しむらくは、空母を中心とした機動部隊の有用性に気づきながら、その活用がその後は必ずしもされなかったこと(サンゴ海海戦などは別として)、更には司令長官の問題ではありませんが、自身の死の原因にもなる暗号解読の重要性に気づかず、ミッドウェー海戦を迎えたことです。
とは言え、これらはすべて敗戦後のタラレバの世界の話であり、後世の私たちが偉そうに論評する話でもなく、できるとしたらどういう教訓を読み取れるかよく考えるくらいでしょうか。人物としては、故郷を愛し、新しい用兵法や作戦を考案し、部下や理知的な考えを好む極めて尊敬できる方だったことが分かります。また、阿川氏のバランスの取れた論考、タブーなく描きたいという姿勢に頭が下がります。阿川氏の書いた「井上成美」も読んでみたいと思います。
山本五十六は、日本の軍人の中では東郷平八郎、乃木希典あたりと同格の高い知名度を持っているのではないかと思います。今はそうでもないのかもしれませんが、私の小学校時代はまだプラモデルがそれなりに人気があり、軍艦や戦車、ゼロ戦といったものを幾つか作った記憶があります。その後、太平洋戦争の書籍をたまに図書館で借りて読んだりしていましたが、戦後に描かれた本は、ほとんどが海軍善玉説であり、陸軍=悪玉というわかりやすい描かれ方をしています。その主な理由は、2・26事件を主導したのが陸軍の青年将校であったこと、また明確な戦略がなく中国で戦線を拡大し、なし崩し的に三国同盟を推進したことで、米英との全面対決の構図を作ったことが挙げられます。
さて、本書はそのようにとかく善く描かれがちな海軍において連合艦隊司令長官(亡くなったのち元帥)を務めた山本五十六の評伝です。まずは本当に丹念に取材がなされており、また多くの先人の書物の上に作られていますので、とてもバランスが取れた内容になっています。山本氏が長岡の出身で、贔屓ともいえるとても強い郷土愛を持っていたこと、夫婦仲はよくなく、外に親密な女性を抱えていたことなど目にうろこの部分がかなりあります。また、昭和初期から軍縮交渉に携わり、米国、英国にも長期出張を含めてかなり滞在したことも恥ずかしながら知りませんでした。そういう国際的な経験を通じて、日本の国力の限界を理解していたがゆえに、開戦反対であったことはよく知られていますし、早くから艦艇に対して飛行機の有用性を意識していたことも有名です。
真珠湾攻撃は、山本氏の短期決戦、早期講和を目指す考えから出てきており、機動部隊で米国海軍の本拠地を叩くという本当に野心的な作戦でした。結果的に空母を叩けなかったわけですが、相当の成果を上げました。その後の連合艦隊司令長官は、正直に言えばあまり積極的に指揮を執っているわけでもなく、大和に蟄居するような形で日を過ごしていたようです。惜しむらくは、空母を中心とした機動部隊の有用性に気づきながら、その活用がその後は必ずしもされなかったこと(サンゴ海海戦などは別として)、更には司令長官の問題ではありませんが、自身の死の原因にもなる暗号解読の重要性に気づかず、ミッドウェー海戦を迎えたことです。
とは言え、これらはすべて敗戦後のタラレバの世界の話であり、後世の私たちが偉そうに論評する話でもなく、できるとしたらどういう教訓を読み取れるかよく考えるくらいでしょうか。人物としては、故郷を愛し、新しい用兵法や作戦を考案し、部下や理知的な考えを好む極めて尊敬できる方だったことが分かります。また、阿川氏のバランスの取れた論考、タブーなく描きたいという姿勢に頭が下がります。阿川氏の書いた「井上成美」も読んでみたいと思います。
2018年1月27日土曜日
第181回:「絵から読み解く江戸庶民の暮らし」安村 敏信監修
レーティング:★★★★★☆☆
日本史が昔から好きで、ちょこちょこと関連の本を読んでいます。今回はほとんど知識のない江戸時代の本です。例えば由井正雪の乱とか、忠臣蔵とか、寺子屋での教育が普及し、世界有数の教育大国であったとかそういう断片的な知識しかないので、一度読んでみたいとおもっていたところ、期待を裏切らない一冊でした。本作は、タイトルのとおり浮世絵を中心とした各種の絵や出版物から江戸の庶民の生活について説明する本であり、肝心の絵が小さい、白黒であるという点を除けばとても読みやすく、構成も飽きさせない優れた一冊だと思います。ちなみに監修の安村さんは美術館の館長を務められ、現在は美術品屋を経営している方のようです。
備忘もかねて面白かった点を書くと、江戸の町はざっくりいって50万人の武士を養うために50万人の町人が居る世界有数の大都市であったこと、現在と同様に生粋の江戸っ子は少なく、奉公や参勤交代といった形で地方から来た人が大半であったこと、すでに浄水が武蔵野のあたりから引かれており、下水は整備されていないもののし尿は農業にリサイクルされていたこと。火事が多く、地震や台風、火山など天災も多かったことから、宵越しの金は持たないといった「いき」の土台が生まれてきた。天ぷらやすしは庶民の街角のスナックであり、食べ物にもブーム(桜餅)があったり、大食いバトルまであったということ。他方、住まいは長屋が密集し、現代より町人はよっぽど狭いところでの生活をしていたこと、そういう長屋のなかで手工業を行ったり、勤めに出て行ったりしたこと。庶民は浮世絵を見たり、相撲を見たり、大山など近隣の自社に講単位で出かけて楽しんだこと。意外にもかかあ天下の家が多く、離婚や勘当も結構あったこと。寺子屋はとても工夫されており、テキストもかなりの種類があったこと。おしゃれは当時から重要視されており、バサラ、傾奇といった突飛な格好の人もかなりいたこと。
通読して、独自の文化をはぐくみ、質素、いきであることを旨としながら、祭りや花火といった熱さをもっていた江戸の町人にとても親近感を持ちました。なんだ、結局時代が変わってもやってることはあまり変わらない、という印象です。技術は進歩しているかもしれませんが、夏になれば人々は花火に群がり、お祭りに出かけ、冬にはお寺に初もうでにいって、相撲やコンサートを見に行きます。路上ですしは売っていませんが、ケバブをつまんだり、漫画を楽しんだり、日帰りで箱根に出かけたり。驚くほと人々の行動様式は変わっていません。江戸でも現代でもいろいろな楽しみを見つけながら、簡単ではない世の中を必死に生きた先達が居るということはとてもうれしく、励まされるものがあります。ぜひ武士の暮らしについても読んでみたいと思います。
日本史が昔から好きで、ちょこちょこと関連の本を読んでいます。今回はほとんど知識のない江戸時代の本です。例えば由井正雪の乱とか、忠臣蔵とか、寺子屋での教育が普及し、世界有数の教育大国であったとかそういう断片的な知識しかないので、一度読んでみたいとおもっていたところ、期待を裏切らない一冊でした。本作は、タイトルのとおり浮世絵を中心とした各種の絵や出版物から江戸の庶民の生活について説明する本であり、肝心の絵が小さい、白黒であるという点を除けばとても読みやすく、構成も飽きさせない優れた一冊だと思います。ちなみに監修の安村さんは美術館の館長を務められ、現在は美術品屋を経営している方のようです。
備忘もかねて面白かった点を書くと、江戸の町はざっくりいって50万人の武士を養うために50万人の町人が居る世界有数の大都市であったこと、現在と同様に生粋の江戸っ子は少なく、奉公や参勤交代といった形で地方から来た人が大半であったこと、すでに浄水が武蔵野のあたりから引かれており、下水は整備されていないもののし尿は農業にリサイクルされていたこと。火事が多く、地震や台風、火山など天災も多かったことから、宵越しの金は持たないといった「いき」の土台が生まれてきた。天ぷらやすしは庶民の街角のスナックであり、食べ物にもブーム(桜餅)があったり、大食いバトルまであったということ。他方、住まいは長屋が密集し、現代より町人はよっぽど狭いところでの生活をしていたこと、そういう長屋のなかで手工業を行ったり、勤めに出て行ったりしたこと。庶民は浮世絵を見たり、相撲を見たり、大山など近隣の自社に講単位で出かけて楽しんだこと。意外にもかかあ天下の家が多く、離婚や勘当も結構あったこと。寺子屋はとても工夫されており、テキストもかなりの種類があったこと。おしゃれは当時から重要視されており、バサラ、傾奇といった突飛な格好の人もかなりいたこと。
通読して、独自の文化をはぐくみ、質素、いきであることを旨としながら、祭りや花火といった熱さをもっていた江戸の町人にとても親近感を持ちました。なんだ、結局時代が変わってもやってることはあまり変わらない、という印象です。技術は進歩しているかもしれませんが、夏になれば人々は花火に群がり、お祭りに出かけ、冬にはお寺に初もうでにいって、相撲やコンサートを見に行きます。路上ですしは売っていませんが、ケバブをつまんだり、漫画を楽しんだり、日帰りで箱根に出かけたり。驚くほと人々の行動様式は変わっていません。江戸でも現代でもいろいろな楽しみを見つけながら、簡単ではない世の中を必死に生きた先達が居るということはとてもうれしく、励まされるものがあります。ぜひ武士の暮らしについても読んでみたいと思います。
2017年10月28日土曜日
第178回:「黒部の山賊」伊藤 正一
レーティング:★★★★★★★
先日、NHKのブラタモリで黒部ダムや立山をやっていましたが、黒部はいつか行ってみたい土地であり、興味津々で読みました。伊藤さんは大正12年、長野市生まれ。昭和21年に三俣小屋の権利を譲り受け、昭和24年から現在の三俣山荘に住みながら、近隣の山小屋を建設・運営し、どっぷりと黒部の山中に暮らしながら、猟師や営林署、登山客、動物、物の怪(?)との交友を深められました。その様子をとてもユーモラスに、愛情たっぷりに描いたのが本書であり、初版は昭和39年、非常に評価の高い伝説的な本で、今回の復本は平成26年になされたということです。ちなみに巻末には復本に際して高橋庄太郎さんが寄稿されています(なかなか味があります)。
内容ですが、山小屋整備のあたりの山賊たちとの出会い、奇妙な生活、埋蔵金に取りつかれた人々、バケモノ、遭難、動物、後日談という構成になっています。とにかくどのパートもとても面白く、思わずおいおいそれは盛りすぎでは、というストーリーが随所に出てきますが、あの黒部の山奥ではそういうこともあったのかなと思わせる筆致であり、さらに言えばあったかなかったかは別として非常におおらかで人間味が強い時代であり、地域であったんだなということを感じられる本です。山小屋、登山、大自然とったところに関心ある方には必読といえます。
また、表紙は畦地梅太郎さんの絵であり、とても素敵です。また、巻頭や途中に写真がふんだんに使われており、どれも貴重で目が釘付けになるようなものばかりです。さらに冒頭に書いた通り、高橋庄太郎さんの短文もぜひ読んでいただきたいところです。
先日、NHKのブラタモリで黒部ダムや立山をやっていましたが、黒部はいつか行ってみたい土地であり、興味津々で読みました。伊藤さんは大正12年、長野市生まれ。昭和21年に三俣小屋の権利を譲り受け、昭和24年から現在の三俣山荘に住みながら、近隣の山小屋を建設・運営し、どっぷりと黒部の山中に暮らしながら、猟師や営林署、登山客、動物、物の怪(?)との交友を深められました。その様子をとてもユーモラスに、愛情たっぷりに描いたのが本書であり、初版は昭和39年、非常に評価の高い伝説的な本で、今回の復本は平成26年になされたということです。ちなみに巻末には復本に際して高橋庄太郎さんが寄稿されています(なかなか味があります)。
内容ですが、山小屋整備のあたりの山賊たちとの出会い、奇妙な生活、埋蔵金に取りつかれた人々、バケモノ、遭難、動物、後日談という構成になっています。とにかくどのパートもとても面白く、思わずおいおいそれは盛りすぎでは、というストーリーが随所に出てきますが、あの黒部の山奥ではそういうこともあったのかなと思わせる筆致であり、さらに言えばあったかなかったかは別として非常におおらかで人間味が強い時代であり、地域であったんだなということを感じられる本です。山小屋、登山、大自然とったところに関心ある方には必読といえます。
また、表紙は畦地梅太郎さんの絵であり、とても素敵です。また、巻頭や途中に写真がふんだんに使われており、どれも貴重で目が釘付けになるようなものばかりです。さらに冒頭に書いた通り、高橋庄太郎さんの短文もぜひ読んでいただきたいところです。
2017年10月1日日曜日
第176回:「仏の発見」五木 寛之・梅原 猛
レーティング:★★★☆☆☆☆
わざわざ解説がいらないと思われるお二人の対談です。ホストは五木さんという構成であり、発見シリーズというものの一冊だそうで、ほかには「気の発見」、「息の発見」などがあるそうです(いずれも読んでません)。五木さんは親鸞や蓮如などについての小説があり、仏教に造詣が深いということ(読んでいません)で、哲学者であり仏教の大家の梅原さんと対談となった、というわけです。
しかしながら、正直言ってとても物足りない一冊です。五木さんの話を期待する方も梅原さんの深い話を期待する方も、この内容ではやや失望するのではないでしょうか。二人が自分たちの著作を紹介しつつ、親鸞、蓮如、法然などについての考え方を意見交換していきますが、正直言ってものすごく新しい内容もないですし、対談ならではの深まりもありません。お二人の知識が仏教について同じように深く、またベクトルが近いからか、対談ならではの意見の違いから浮き彫りにされる論点などもありません。
五木さんのエッセイは何冊か読んでいますが、代表作である「青春の門」や親鸞、蓮如を扱った作品は読んでいなかったので、これはこれで面白そうですし、読んでみようと思います。
わざわざ解説がいらないと思われるお二人の対談です。ホストは五木さんという構成であり、発見シリーズというものの一冊だそうで、ほかには「気の発見」、「息の発見」などがあるそうです(いずれも読んでません)。五木さんは親鸞や蓮如などについての小説があり、仏教に造詣が深いということ(読んでいません)で、哲学者であり仏教の大家の梅原さんと対談となった、というわけです。
しかしながら、正直言ってとても物足りない一冊です。五木さんの話を期待する方も梅原さんの深い話を期待する方も、この内容ではやや失望するのではないでしょうか。二人が自分たちの著作を紹介しつつ、親鸞、蓮如、法然などについての考え方を意見交換していきますが、正直言ってものすごく新しい内容もないですし、対談ならではの深まりもありません。お二人の知識が仏教について同じように深く、またベクトルが近いからか、対談ならではの意見の違いから浮き彫りにされる論点などもありません。
五木さんのエッセイは何冊か読んでいますが、代表作である「青春の門」や親鸞、蓮如を扱った作品は読んでいなかったので、これはこれで面白そうですし、読んでみようと思います。
2017年6月10日土曜日
第169回:「水底の歌」梅原 猛
レーティング:★★★★★★★
梅原さんの初期日本古代学三部作の一つであり、『神々の流竄』、『隠された十字架』と並ぶものです。『隠された十字架』は高校時代だったと思いますが父の書棚にあったものを読み、大変な感銘を受けた一冊ですが、このたび表題作をやっと読むことが出来ました。読み応えのあるボリュームで、上下の2冊で合計1000ページほどでした。
この作品は、日本の詩人として名高い柿本人麿についてのものです。最初の三分の一は、柿本研究を行った斎藤茂吉を引き合いに、人麿の死亡地がどこであったかという通説を批判し、そこから人麿が世に言われているような下級官吏ではなかったこと、そして決して円満な死ではなかったことを紐解いていきます。ここの下りは斎藤茂吉への痛烈な批判を織り交ぜながら、そもそも万葉集をどう読むのか、前後の詩との連接をどう理解するべきか、という本質的な部分に触れていきます。この辺りはなぞ解きをしているような感覚でとてもエキサイティングです。
その後、江戸時代の国学の研究者である、契沖や賀茂真淵の万葉集考を批判的に検証していきます。まずは長らく下級とされていた官位についての考察、また年齢についての考察を古今和歌集との関係で進めていくのですが、ここでは古代の日本において鎮魂とはどういう意味なのか、祀られる偉人というのはどういう人なのかという『隠された十字架』での視点を使いながら、人麿の非業の死、藤原氏の隆盛と鎮魂、名誉回復という劇的なドラマを解き明かしていきます。この論考については、古代史の知識の乏しい私にとっても十分な説得力があります。また梅原さんはそもそも哲学者であり、とても慎重に論考を進めており、自身の論の限界などについても率直に記載しており、知的誠実さを感じます。
また、秀逸なのは「文庫版のためのあとがき」です。江戸時代以来の単純な日本古代史への見方、すなわち「おおらかで雄々しい」というものを徹底的に批判し、実像として暗く怨念やそれを引き起こす悲劇が絶えなかったことをしていく重要な役割があったことが明らかにされており、本書の歴史的な位置づけが分かりやすく解説されています。本日の新聞に梅原さんの近影が出ていましたが、いつまでもお元気でいてほしいと思います。
梅原さんの初期日本古代学三部作の一つであり、『神々の流竄』、『隠された十字架』と並ぶものです。『隠された十字架』は高校時代だったと思いますが父の書棚にあったものを読み、大変な感銘を受けた一冊ですが、このたび表題作をやっと読むことが出来ました。読み応えのあるボリュームで、上下の2冊で合計1000ページほどでした。
この作品は、日本の詩人として名高い柿本人麿についてのものです。最初の三分の一は、柿本研究を行った斎藤茂吉を引き合いに、人麿の死亡地がどこであったかという通説を批判し、そこから人麿が世に言われているような下級官吏ではなかったこと、そして決して円満な死ではなかったことを紐解いていきます。ここの下りは斎藤茂吉への痛烈な批判を織り交ぜながら、そもそも万葉集をどう読むのか、前後の詩との連接をどう理解するべきか、という本質的な部分に触れていきます。この辺りはなぞ解きをしているような感覚でとてもエキサイティングです。
その後、江戸時代の国学の研究者である、契沖や賀茂真淵の万葉集考を批判的に検証していきます。まずは長らく下級とされていた官位についての考察、また年齢についての考察を古今和歌集との関係で進めていくのですが、ここでは古代の日本において鎮魂とはどういう意味なのか、祀られる偉人というのはどういう人なのかという『隠された十字架』での視点を使いながら、人麿の非業の死、藤原氏の隆盛と鎮魂、名誉回復という劇的なドラマを解き明かしていきます。この論考については、古代史の知識の乏しい私にとっても十分な説得力があります。また梅原さんはそもそも哲学者であり、とても慎重に論考を進めており、自身の論の限界などについても率直に記載しており、知的誠実さを感じます。
また、秀逸なのは「文庫版のためのあとがき」です。江戸時代以来の単純な日本古代史への見方、すなわち「おおらかで雄々しい」というものを徹底的に批判し、実像として暗く怨念やそれを引き起こす悲劇が絶えなかったことをしていく重要な役割があったことが明らかにされており、本書の歴史的な位置づけが分かりやすく解説されています。本日の新聞に梅原さんの近影が出ていましたが、いつまでもお元気でいてほしいと思います。
2017年2月19日日曜日
第165回:「歓喜する円空」梅原 猛
レーティング:★★★★★★★
円空や木喰は、日本を代表する仏師であり、とりわけ庶民に近い立場で伸び伸びとした親しみやすい仏像を多数残したことで知られています。昔から寺や神社に行くのが好きで、その流れで仏像も面白いなと思い、社会人になってから仏像関係の本をたまに読んだり買ったりしているのですが、この一冊は昭和最強の知性(と勝手に思っている)梅原さんの晩年期の力作です。梅原さんの本は久々に読みましたが、晩年らしい円熟と円空への限りない愛情を感じます。基本的に学術的な内容ですが、時代を追いながら作品の変遷に迫り、また通常仏像ばかりと思われている円空の絵画や和歌も多数収録し、多面的な分析がなされていきます。
円空の生涯は深い陰影を残すに至る苦難の連続と、生きること、彫ること、仏教に帰依することの喜びという一見相反する、しかし表裏一体を成す2つの流れが併存しているように見受けられます。幼き日の母との別れ、地元での恩人であり親友であった人との別れ、壮絶な東北、北海道への旅、法隆寺での修行、白山信仰や厳しい修行、写実的な創作から大胆かつシンプルな造形へ、そして後年には深い慈悲を感じさせる優しい作品へ。また、最後は覚悟の入定。目まぐるしく、まるで日本中を旅する円空の姿が目に浮かぶようなすぐれた作品です。
本書の面白いところは、過去の円空研究を踏まえ、学術的な観点から是々非々で厳密な評価を下されているところです。これを見ると民俗学的な研究には、おそらく相当のいい加減さや妄想に近いようなものが一部にはあるということです。しかしSTAP細胞であったり自然科学でも例外ではなく、むしろ研究や調査といったものについては、それなりに批判的精神をもって対峙しないといけないことも、梅原さんは教えてくれる気がします。とても優れた一冊で、円空についてこれだけのクオリティを持った著作はもう出ないものと思われ、文句なしの最高レーティングです。
円空や木喰は、日本を代表する仏師であり、とりわけ庶民に近い立場で伸び伸びとした親しみやすい仏像を多数残したことで知られています。昔から寺や神社に行くのが好きで、その流れで仏像も面白いなと思い、社会人になってから仏像関係の本をたまに読んだり買ったりしているのですが、この一冊は昭和最強の知性(と勝手に思っている)梅原さんの晩年期の力作です。梅原さんの本は久々に読みましたが、晩年らしい円熟と円空への限りない愛情を感じます。基本的に学術的な内容ですが、時代を追いながら作品の変遷に迫り、また通常仏像ばかりと思われている円空の絵画や和歌も多数収録し、多面的な分析がなされていきます。
円空の生涯は深い陰影を残すに至る苦難の連続と、生きること、彫ること、仏教に帰依することの喜びという一見相反する、しかし表裏一体を成す2つの流れが併存しているように見受けられます。幼き日の母との別れ、地元での恩人であり親友であった人との別れ、壮絶な東北、北海道への旅、法隆寺での修行、白山信仰や厳しい修行、写実的な創作から大胆かつシンプルな造形へ、そして後年には深い慈悲を感じさせる優しい作品へ。また、最後は覚悟の入定。目まぐるしく、まるで日本中を旅する円空の姿が目に浮かぶようなすぐれた作品です。
本書の面白いところは、過去の円空研究を踏まえ、学術的な観点から是々非々で厳密な評価を下されているところです。これを見ると民俗学的な研究には、おそらく相当のいい加減さや妄想に近いようなものが一部にはあるということです。しかしSTAP細胞であったり自然科学でも例外ではなく、むしろ研究や調査といったものについては、それなりに批判的精神をもって対峙しないといけないことも、梅原さんは教えてくれる気がします。とても優れた一冊で、円空についてこれだけのクオリティを持った著作はもう出ないものと思われ、文句なしの最高レーティングです。
2017年1月15日日曜日
第162回:「砂のクロニクル」船戸 与一
レーティング:★★★★★★★
あけましておめでとうございます。本年のレビュー第1作となります。本書は、私が昨年下期を使って読んだ大作「満州国演義」を書かれた船戸さんの代表作となります。上下2巻(文庫)で読みましたが、とても密度が濃く面白い作品に仕上がっており、まさに代表作という感じです。
今回の主人公はクルド人です。私がクルド人という言葉を初めて聞いたのは湾岸戦争のあたりだったと思います。なんでもイラクにはクルド人という少数民族が居て、サダム・フセイン政権がそれはそれは弾圧しているというニュースを聞いたことがありましたが、詳細はよく知りませんでした。本書はイラン革命あたりから話が始まりますが、イラン・イラク戦争においても重要なプレーヤーとして登場し、国家を持たない悲劇の民族として存在していることを知りました。
あまり書くとネタバレになりますが、イランに潜入しているある日本人とロンドン・モスクワを舞台に活躍する日本人がカギを握ります。やや非現実的な設定ではありますが、悲壮なクルド・ゲリラやイラン国内の活動家とイランの国家を支える革命防衛隊などとの厳しいせめぎあいが続きます。中東の紛争は(多くの紛争がそうですが)とても残酷で悲惨なイメージがありますが、まさにそれを地で行く救いのない展開が続いていきます。本書に深みを出しているのは、クルド人活動家の観点、革命防衛隊の視点、日本人からの見え方が同時並行的に進んでいくところです。
下巻は実際の武器密輸取引の実行段階に入ります。スケール大きく、ロシアやカスピ海が出てきて、主要な登場人物が集結して息もつかせぬ展開となります。ここらへんの重々しい持っていき方は船戸さんの超一流の技術であり、本当に読ませます。なお、本作は石井光太さんの解説も秀逸です。立場では極端な人ばかりが出てきて良し悪しとは別の次元になりますが、革命防衛隊はイスラム革命に、クルド人はクルドの独立に、ゾロアスター教徒は宗教再興に、武器商人は商人としての信念にそれぞれ殉じていき、そのぶれなさに本書のフォーカスがあるように思います。なお、1992年の山本周五郎賞受賞作品ということです。
あけましておめでとうございます。本年のレビュー第1作となります。本書は、私が昨年下期を使って読んだ大作「満州国演義」を書かれた船戸さんの代表作となります。上下2巻(文庫)で読みましたが、とても密度が濃く面白い作品に仕上がっており、まさに代表作という感じです。
今回の主人公はクルド人です。私がクルド人という言葉を初めて聞いたのは湾岸戦争のあたりだったと思います。なんでもイラクにはクルド人という少数民族が居て、サダム・フセイン政権がそれはそれは弾圧しているというニュースを聞いたことがありましたが、詳細はよく知りませんでした。本書はイラン革命あたりから話が始まりますが、イラン・イラク戦争においても重要なプレーヤーとして登場し、国家を持たない悲劇の民族として存在していることを知りました。
あまり書くとネタバレになりますが、イランに潜入しているある日本人とロンドン・モスクワを舞台に活躍する日本人がカギを握ります。やや非現実的な設定ではありますが、悲壮なクルド・ゲリラやイラン国内の活動家とイランの国家を支える革命防衛隊などとの厳しいせめぎあいが続きます。中東の紛争は(多くの紛争がそうですが)とても残酷で悲惨なイメージがありますが、まさにそれを地で行く救いのない展開が続いていきます。本書に深みを出しているのは、クルド人活動家の観点、革命防衛隊の視点、日本人からの見え方が同時並行的に進んでいくところです。
下巻は実際の武器密輸取引の実行段階に入ります。スケール大きく、ロシアやカスピ海が出てきて、主要な登場人物が集結して息もつかせぬ展開となります。ここらへんの重々しい持っていき方は船戸さんの超一流の技術であり、本当に読ませます。なお、本作は石井光太さんの解説も秀逸です。立場では極端な人ばかりが出てきて良し悪しとは別の次元になりますが、革命防衛隊はイスラム革命に、クルド人はクルドの独立に、ゾロアスター教徒は宗教再興に、武器商人は商人としての信念にそれぞれ殉じていき、そのぶれなさに本書のフォーカスがあるように思います。なお、1992年の山本周五郎賞受賞作品ということです。
2016年12月29日木曜日
第161回:「梅原猛の授業 仏教」梅原 猛
レーティング:★★★★☆☆☆
今年最後のレビューとなります。これで本年28冊目のレビューとなりますが、このブログを初めて2位となる冊数であり、1冊1冊もかなり分量があったので総ページ数としては過去最高記録かもしれません。なかなか公私ともに多忙だった1年ですが、来年も色々と面白い本を発掘していきたいと思います。
さて、今年ラストは本作、図書館でフラッと目に入った1冊です。元々、父が梅原さんの著作が好きで、実家に『隠された十字架』と『水底の歌』(他にもあったかもしれません)がありました。前者は高校あたりで読んだ記憶がありますが、豊富なエビデンスを基に論を進め、大胆な考察をしていくところはとても驚き、学者というのはこういうものかと智のすごさというものを実感したものです。
梅原さんは哲学を皮切りに勉強を始められた方ですが、日本の古代史、宗教、哲学などについての著作を数多く残されています。本書は京都の洛南高校の生徒向けに行った全12回の授業をまとめたものとなりますので、著作というか講義録という感じの仕上がりです。なお、仏教の成り立ちや考え方といった点は実は少なく、日本に伝来した仏教がどのような発展や変貌を遂げてきたかということに力点を置いて、わかりやすく書かれています。以下、もっぱら備忘まで主な点を書き留めたいと思います。
・舞台となった洛南高校は空海(弘法大師)の開いた綜藝種智院(しゅげいしゅちいん)という学校がルーツ(真言宗系)。
・釈迦は王族の座を捨て出家、35歳で悟りを開き、80歳までガンジス河流域において説教を行った。
・その思想を一言でいえば四諦(苦諦、集諦(じったい)、滅諦(めったい)、道諦)。その意味で極めて道徳に近い考え方。また、カースト社会において四姓平等を説いたのは革命的。
・龍樹(インド150~250年頃)が大乗仏教を理論的に確立。現在、大乗仏教が色濃いのは日本とモンゴルくらい、小乗仏教はタイ、ベトナム、スリランカなど。
・大乗仏教は自利利他で特に後者を重んじる。観音菩薩は仏様になれるが、人間を救うためにわざと菩薩に留まっている。
・日本に仏教を導入した聖徳太子の17条の憲法は仏教ベース。太子が作った注釈書は『三経義疏』(さんきょうぎしょ)であり、法華経が含まれる。
・奈良時代には行基が仏教をさらに広める。旅をつづけ下からの布教を行った。資料はあまりないが、異相の仏像を数多く残している。
・平安時代には空海と最澄が出る。最澄は学者肌で論争が得意、空海は茫洋としているがスケールの大きな人(20年の留学も2年で切り上げ帰国)。最澄は比叡山にこもり既存仏教を批判して天台宗を始める。空海は現世肯定の真言密教を持ち込み、高野山と東寺をベースに活躍。 ・鎌倉時代には法然と弟子の親鸞、更に栄西(臨済宗)、道元(曹洞宗)が活躍。親鸞は天才といってよく、数々の作家をひきつけてやまない。 ・現在の日本の仏教界は明治期に寺が世襲となり、求心力を失いつつある。ただ、多神教であること、他者への寛容さや生き物の平等など優れた点が多く、道徳のベースとしても復活が期待される。
ほんの入門的な内容ですが私にはとても勉強になりました。これを機に梅原さんのほかの著作もまだまだ読んでいないので読んでいきたいと思います。
今年最後のレビューとなります。これで本年28冊目のレビューとなりますが、このブログを初めて2位となる冊数であり、1冊1冊もかなり分量があったので総ページ数としては過去最高記録かもしれません。なかなか公私ともに多忙だった1年ですが、来年も色々と面白い本を発掘していきたいと思います。
さて、今年ラストは本作、図書館でフラッと目に入った1冊です。元々、父が梅原さんの著作が好きで、実家に『隠された十字架』と『水底の歌』(他にもあったかもしれません)がありました。前者は高校あたりで読んだ記憶がありますが、豊富なエビデンスを基に論を進め、大胆な考察をしていくところはとても驚き、学者というのはこういうものかと智のすごさというものを実感したものです。
梅原さんは哲学を皮切りに勉強を始められた方ですが、日本の古代史、宗教、哲学などについての著作を数多く残されています。本書は京都の洛南高校の生徒向けに行った全12回の授業をまとめたものとなりますので、著作というか講義録という感じの仕上がりです。なお、仏教の成り立ちや考え方といった点は実は少なく、日本に伝来した仏教がどのような発展や変貌を遂げてきたかということに力点を置いて、わかりやすく書かれています。以下、もっぱら備忘まで主な点を書き留めたいと思います。
・舞台となった洛南高校は空海(弘法大師)の開いた綜藝種智院(しゅげいしゅちいん)という学校がルーツ(真言宗系)。
・釈迦は王族の座を捨て出家、35歳で悟りを開き、80歳までガンジス河流域において説教を行った。
・その思想を一言でいえば四諦(苦諦、集諦(じったい)、滅諦(めったい)、道諦)。その意味で極めて道徳に近い考え方。また、カースト社会において四姓平等を説いたのは革命的。
・龍樹(インド150~250年頃)が大乗仏教を理論的に確立。現在、大乗仏教が色濃いのは日本とモンゴルくらい、小乗仏教はタイ、ベトナム、スリランカなど。
・大乗仏教は自利利他で特に後者を重んじる。観音菩薩は仏様になれるが、人間を救うためにわざと菩薩に留まっている。
・日本に仏教を導入した聖徳太子の17条の憲法は仏教ベース。太子が作った注釈書は『三経義疏』(さんきょうぎしょ)であり、法華経が含まれる。
・奈良時代には行基が仏教をさらに広める。旅をつづけ下からの布教を行った。資料はあまりないが、異相の仏像を数多く残している。
・平安時代には空海と最澄が出る。最澄は学者肌で論争が得意、空海は茫洋としているがスケールの大きな人(20年の留学も2年で切り上げ帰国)。最澄は比叡山にこもり既存仏教を批判して天台宗を始める。空海は現世肯定の真言密教を持ち込み、高野山と東寺をベースに活躍。 ・鎌倉時代には法然と弟子の親鸞、更に栄西(臨済宗)、道元(曹洞宗)が活躍。親鸞は天才といってよく、数々の作家をひきつけてやまない。 ・現在の日本の仏教界は明治期に寺が世襲となり、求心力を失いつつある。ただ、多神教であること、他者への寛容さや生き物の平等など優れた点が多く、道徳のベースとしても復活が期待される。
ほんの入門的な内容ですが私にはとても勉強になりました。これを機に梅原さんのほかの著作もまだまだ読んでいないので読んでいきたいと思います。
2016年12月4日日曜日
第160回:「残夢の骸-満州国演義9」船戸 与一
レーティング:★★★★★★★
ついに今年後半の読書時間のかなりの部分をつぎ込んだ満州国演義も最終巻となりました。巻末には2段組みで13ページに渡り参考資料が列記されており、著者の本作を作るための長い苦闘がしのばれます。さらに、第2巻と本巻だけについているあとがきが秀逸で、特にこちらのあとがきは今まで読んできた中でもとても素晴らしい味わいのものです。
本作は戦況がどん詰まりとなった1944年6月のマリアナ沖海戦のあたりから始まります。すでに米国海軍の猛攻により太平洋の制空権はほぼ失われ、ガダルカナル、サイパン島を相次いで失っていきます。多くのページが割かれているわけではありませんが、沖縄戦の悲劇や捷一号作戦、本土決戦準備などが描かれていきます。また中国大陸、とりわけ満州はソ連との緊張関係が高まっていきます。最強とうたわれた関東軍は相次いで主力が南方前線の支援に送り込まれ、開拓民や高齢者を相次いで徴兵し、頭数を揃えますがその内実は練度、武器・弾薬ともに心もとない限りの状況に陥っていきます。
欧州戦線においてイタリアが降伏し、ドイツが倒れ、ヤルタ会談(1945年2月)が開かれます。この会談ではソ連による対日参戦容認がなされたといわれており、本書も基本的にはその見解を採っていますが、本当にどうなのかはよくわかりません。ただ、ソ連軍が極東において大幅に戦力を増強し、終戦前にサハリンや満州に雪崩れ込んだことを考えればそうなのかもしれません。また、このソ連の対日宣戦の可能性と台湾沖航空戦(1944年10月)の誤報を握りつぶしたのは戦後名をはせた某参謀ではないかと繰り返し書かれますが、ここももはや歴史の闇に埋もれ、真相は解明されないでしょう。
満州での日本人の逃避行やシベリアへの抑留が本書最後のハイライトですが、とても悲惨です。満州は長く戦争下での奇妙な平和を享受するわけですがその精算が最後になされます。太郎は寒い大地で自分なりの後始末を付け、三郎も帝国軍人として自らの人生を閉じます。次郎はインパールで果て、四郎は満州で生き別れた照夫を内地に連れていきます。本書の準主役であった間垣は、最後まで信念を貫き見事なセリフを残します。
本書は決して有名ではなく、その長さやマニアックさから一般的には今後もなりえないと思います。他方、この完成度の高さは尋常ではなく、しっかりとした評価を中期的に獲得する一冊と思います。
ついに今年後半の読書時間のかなりの部分をつぎ込んだ満州国演義も最終巻となりました。巻末には2段組みで13ページに渡り参考資料が列記されており、著者の本作を作るための長い苦闘がしのばれます。さらに、第2巻と本巻だけについているあとがきが秀逸で、特にこちらのあとがきは今まで読んできた中でもとても素晴らしい味わいのものです。
本作は戦況がどん詰まりとなった1944年6月のマリアナ沖海戦のあたりから始まります。すでに米国海軍の猛攻により太平洋の制空権はほぼ失われ、ガダルカナル、サイパン島を相次いで失っていきます。多くのページが割かれているわけではありませんが、沖縄戦の悲劇や捷一号作戦、本土決戦準備などが描かれていきます。また中国大陸、とりわけ満州はソ連との緊張関係が高まっていきます。最強とうたわれた関東軍は相次いで主力が南方前線の支援に送り込まれ、開拓民や高齢者を相次いで徴兵し、頭数を揃えますがその内実は練度、武器・弾薬ともに心もとない限りの状況に陥っていきます。
欧州戦線においてイタリアが降伏し、ドイツが倒れ、ヤルタ会談(1945年2月)が開かれます。この会談ではソ連による対日参戦容認がなされたといわれており、本書も基本的にはその見解を採っていますが、本当にどうなのかはよくわかりません。ただ、ソ連軍が極東において大幅に戦力を増強し、終戦前にサハリンや満州に雪崩れ込んだことを考えればそうなのかもしれません。また、このソ連の対日宣戦の可能性と台湾沖航空戦(1944年10月)の誤報を握りつぶしたのは戦後名をはせた某参謀ではないかと繰り返し書かれますが、ここももはや歴史の闇に埋もれ、真相は解明されないでしょう。
満州での日本人の逃避行やシベリアへの抑留が本書最後のハイライトですが、とても悲惨です。満州は長く戦争下での奇妙な平和を享受するわけですがその精算が最後になされます。太郎は寒い大地で自分なりの後始末を付け、三郎も帝国軍人として自らの人生を閉じます。次郎はインパールで果て、四郎は満州で生き別れた照夫を内地に連れていきます。本書の準主役であった間垣は、最後まで信念を貫き見事なセリフを残します。
本書は決して有名ではなく、その長さやマニアックさから一般的には今後もなりえないと思います。他方、この完成度の高さは尋常ではなく、しっかりとした評価を中期的に獲得する一冊と思います。
2016年11月23日水曜日
第159回:「南冥の雫-満州国演義8」船戸 与一
レーティング:★★★★★★☆
長い長い本作もついに最終巻(第9巻)の手前まで来ました。この巻は1942初頭~1944年夏ころまでをカバーしています。戦局は陸海軍の快進撃により順調に当初進行するものの、ミッドウェー海戦で海軍の中核部隊を失い、その後も太平洋北部、南部において相次いで敗戦を重ねます。有名な話ですが、徹底した情報統制と大本営発表の垂れ流しにより、戦局は国民に伝わらず、メディアはその片棒を担ぎ、当時の東条首相を中心とした極端な精神主義がまかり通っていくことになります。また、本作においても詳細に書かれていますが、国内はもちろんのこととして満州でも憲兵隊が幅を利かし、文字通りモノ言えば唇寒しの状況に陥っていきます。
また、大東亜共栄圏を掲げ、インドネシアではオランダ軍、ミャンマー、インドではイギリス軍、フィリピンではアメリカ軍と相次いで交戦していき、一定の支持は得るものの、現地での統治政策の欠如、理念先行で実体的には資源の収奪的な側面もあり、持続的な支持を得るには至らない状況に陥っていきます。これもよく言われることですが、兵站の軽視・無視などから第8巻の後半かなりを割いて描かれるインパール作戦はチャンドラ・ボーズと東条首相の思惑により推進されるものの、現実の兵士たちはこの世の地獄を味わうこととなりました。
太郎、三郎、四郎には大きな変化はありませんが、太郎の妻の圭子は帰京し、病院に入ります。このくだりは戦争にとどまらない人間の業の深さを思い知らせれ、またラストの次郎の下りは衝撃を受けます。最終巻はどうなってしまうのか想像もつきません。とても重苦しい一冊です。
長い長い本作もついに最終巻(第9巻)の手前まで来ました。この巻は1942初頭~1944年夏ころまでをカバーしています。戦局は陸海軍の快進撃により順調に当初進行するものの、ミッドウェー海戦で海軍の中核部隊を失い、その後も太平洋北部、南部において相次いで敗戦を重ねます。有名な話ですが、徹底した情報統制と大本営発表の垂れ流しにより、戦局は国民に伝わらず、メディアはその片棒を担ぎ、当時の東条首相を中心とした極端な精神主義がまかり通っていくことになります。また、本作においても詳細に書かれていますが、国内はもちろんのこととして満州でも憲兵隊が幅を利かし、文字通りモノ言えば唇寒しの状況に陥っていきます。
また、大東亜共栄圏を掲げ、インドネシアではオランダ軍、ミャンマー、インドではイギリス軍、フィリピンではアメリカ軍と相次いで交戦していき、一定の支持は得るものの、現地での統治政策の欠如、理念先行で実体的には資源の収奪的な側面もあり、持続的な支持を得るには至らない状況に陥っていきます。これもよく言われることですが、兵站の軽視・無視などから第8巻の後半かなりを割いて描かれるインパール作戦はチャンドラ・ボーズと東条首相の思惑により推進されるものの、現実の兵士たちはこの世の地獄を味わうこととなりました。
太郎、三郎、四郎には大きな変化はありませんが、太郎の妻の圭子は帰京し、病院に入ります。このくだりは戦争にとどまらない人間の業の深さを思い知らせれ、またラストの次郎の下りは衝撃を受けます。最終巻はどうなってしまうのか想像もつきません。とても重苦しい一冊です。
2016年11月9日水曜日
第158回:「雷の波濤ー満州国演義7」船戸 与一
レーティング:★★★★★★☆
本作はやや時間が掛かってしまいました。1冊500ページ弱あるので、この第7巻までで3400ページくらい読んできた計算になります。読むだけでもこれだけかかるわけで、船戸さんがどれだけの資料を読み、取材をして気の遠くなるような蓄積をもって書かれたかを考えると頭が下がりますし、著者の作家人生を賭けた作品だということが分かります。今回は1940年、昭和15年、皇紀2600年からスタートし、開戦間もない1942年の初頭までがカバーされます。
本作では孤立主義を守りながらも国内の大不況に喘ぐ米国、戦略的に日本への圧力を掛けていきます。日本は日本で近衛内閣が混迷を極め、三国同盟に足かせを嵌められ、にっちもさっちもいかないまま資源を求めて南進を始めます。ここからは歴史でもよく習うわけですが、ハルノート、真珠湾攻撃、電撃的な南進、シンガポール陥落と進んでいきます。恐ろしいことですが日本も米国も国民は開戦を熱狂的な気持ちで迎え、総力戦にのめり込んでいきます。1点、今の時代が決定的に違うのは、ベトナム戦争の映像のようにある程度メディアや情報ツールが発展し、リアルタイムにいろいろな情報が入ることかと思います。当時、前線のつぶさな詳細が分かっていればという気はしますが、全面的な情報管制の中では望むらくもありません。
敷島兄弟はというと太郎は相変わらずなすすべもなく満州にとどまり、瓦解していく日本外交を外から眺めていきます。戦争と軌を一にして太郎の私生活も崩壊していき、あれだけ幸せであった家族に暗い影を落とし始めます。次郎は相変わらずの流浪を重ねながらも、意識しないままに特務から引き受けた裏の仕事を重ね、インド国民軍と関係を持ったり、シンガポールにまで足を延ばしていきます。三郎は相変わらずエリート憲兵として活動をしていますが、いわば憲兵のエースとして南進に同行することとなります。そして義兄を悲劇が襲います。四郎は相変わらず国策映画会社で羽ばたけない日々を送ります。
全体的に4兄弟は奇妙な安定を手にしている一冊で、残りの2巻でどういう展開になるのか今から大変気になります。
本作はやや時間が掛かってしまいました。1冊500ページ弱あるので、この第7巻までで3400ページくらい読んできた計算になります。読むだけでもこれだけかかるわけで、船戸さんがどれだけの資料を読み、取材をして気の遠くなるような蓄積をもって書かれたかを考えると頭が下がりますし、著者の作家人生を賭けた作品だということが分かります。今回は1940年、昭和15年、皇紀2600年からスタートし、開戦間もない1942年の初頭までがカバーされます。
本作では孤立主義を守りながらも国内の大不況に喘ぐ米国、戦略的に日本への圧力を掛けていきます。日本は日本で近衛内閣が混迷を極め、三国同盟に足かせを嵌められ、にっちもさっちもいかないまま資源を求めて南進を始めます。ここからは歴史でもよく習うわけですが、ハルノート、真珠湾攻撃、電撃的な南進、シンガポール陥落と進んでいきます。恐ろしいことですが日本も米国も国民は開戦を熱狂的な気持ちで迎え、総力戦にのめり込んでいきます。1点、今の時代が決定的に違うのは、ベトナム戦争の映像のようにある程度メディアや情報ツールが発展し、リアルタイムにいろいろな情報が入ることかと思います。当時、前線のつぶさな詳細が分かっていればという気はしますが、全面的な情報管制の中では望むらくもありません。
敷島兄弟はというと太郎は相変わらずなすすべもなく満州にとどまり、瓦解していく日本外交を外から眺めていきます。戦争と軌を一にして太郎の私生活も崩壊していき、あれだけ幸せであった家族に暗い影を落とし始めます。次郎は相変わらずの流浪を重ねながらも、意識しないままに特務から引き受けた裏の仕事を重ね、インド国民軍と関係を持ったり、シンガポールにまで足を延ばしていきます。三郎は相変わらずエリート憲兵として活動をしていますが、いわば憲兵のエースとして南進に同行することとなります。そして義兄を悲劇が襲います。四郎は相変わらず国策映画会社で羽ばたけない日々を送ります。
全体的に4兄弟は奇妙な安定を手にしている一冊で、残りの2巻でどういう展開になるのか今から大変気になります。
2016年10月10日月曜日
第156回:「大地の牙ー満州国演義6」船戸 与一
レーティング:★★★★★★☆
1938年、昭和13年から話が続きます。女優・岡田嘉子と演出家・杉本良吉の樺太への逃避(1月)から話が始まり、この巻では中国における版図や紛争を拡大させる日本軍に対して、じわりじわりとソ連や共産主義の脅威が色濃くなってきます。また、満州建国大学も建設が進み、満州の国家としての体裁を整える動きも加速します。その後、4月には大本営から徐州攻略の指示が出て、南方戦線が拡大していきます。
改めてこの時代の年表を見ると、矢継ぎ早に重大事件が発生しており、大きなものだけでも1936年の226事件、1938年の国家総動員法成立(本巻でも出てきます)、1940年の大政翼賛会発足(次巻で出てくるのでしょうか)となります。この巻は陸軍内部の権力闘争が概ね統制派の大勝利に終わり、国家総動員法へと続き、国民の服装や物資など基本的な資源や権利が制限されていく過程が描かれます。また、外交レベルでは、日独伊がその結びつきを強め、三国同盟の可能性が取りざたされ始めますが、敵対していたはずのドイツとソ連が不可侵条約を結び(密約としてポーランドの分割統治があるわけですが)、日本は国際外交の中で大きく翻弄されていきます。そして、独ソ不可侵条約によって極東に軍事力を振り向けることができることになったソ連は極東ノモンハンにおいて日本軍と激突、日本軍は近代化されたソ連軍機甲部隊に文字通り蹂躙されていきます。
4兄弟ですが、太郎は引き続き無力感を味わいつつ満州国の主要外交ポストに就いてますが、私生活は二面性を持っていきます。次郎は、無聊に耐えられず、金のためもあり特務やユダヤ人工作家、インド人商人などから次々と闇の仕事を引き受けていきます。三郎は、抗日軍討伐に大きな成果を上げますが、同時に耐えがたい喪失感にもとらわれていきます。四郎は次郎との再会やかつての燭光座の面々と意図せぬ再開を果たしていきます。
話は急速に展開し、英米の影が色濃くなってきます。次巻もかなり密度の濃いものになりそうです。
1938年、昭和13年から話が続きます。女優・岡田嘉子と演出家・杉本良吉の樺太への逃避(1月)から話が始まり、この巻では中国における版図や紛争を拡大させる日本軍に対して、じわりじわりとソ連や共産主義の脅威が色濃くなってきます。また、満州建国大学も建設が進み、満州の国家としての体裁を整える動きも加速します。その後、4月には大本営から徐州攻略の指示が出て、南方戦線が拡大していきます。
改めてこの時代の年表を見ると、矢継ぎ早に重大事件が発生しており、大きなものだけでも1936年の226事件、1938年の国家総動員法成立(本巻でも出てきます)、1940年の大政翼賛会発足(次巻で出てくるのでしょうか)となります。この巻は陸軍内部の権力闘争が概ね統制派の大勝利に終わり、国家総動員法へと続き、国民の服装や物資など基本的な資源や権利が制限されていく過程が描かれます。また、外交レベルでは、日独伊がその結びつきを強め、三国同盟の可能性が取りざたされ始めますが、敵対していたはずのドイツとソ連が不可侵条約を結び(密約としてポーランドの分割統治があるわけですが)、日本は国際外交の中で大きく翻弄されていきます。そして、独ソ不可侵条約によって極東に軍事力を振り向けることができることになったソ連は極東ノモンハンにおいて日本軍と激突、日本軍は近代化されたソ連軍機甲部隊に文字通り蹂躙されていきます。
4兄弟ですが、太郎は引き続き無力感を味わいつつ満州国の主要外交ポストに就いてますが、私生活は二面性を持っていきます。次郎は、無聊に耐えられず、金のためもあり特務やユダヤ人工作家、インド人商人などから次々と闇の仕事を引き受けていきます。三郎は、抗日軍討伐に大きな成果を上げますが、同時に耐えがたい喪失感にもとらわれていきます。四郎は次郎との再会やかつての燭光座の面々と意図せぬ再開を果たしていきます。
話は急速に展開し、英米の影が色濃くなってきます。次巻もかなり密度の濃いものになりそうです。
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