レーティング:★★★★★☆☆
知り合いと飲みに行っていたときに、ちょうどその店がこの小説の舞台の一つになっていると聞き、買ってみました。シンガポールを舞台に日本の富裕層とそれを顧客とするプライベートバンカーたちが何を考え、そして日本の金融当局がどのように課税を強化してオフショアへの富の移転とせめぎあっているか、そういう話になっています。小説のようですが実名ノンフィクションとなっており、確かに文体も独特でドキュメンタリーのような小説のような感じです。
シンガポールの狭い国土で繰り広げられるやりとりが身近に感じられ、同国になじみのある方々には面白い内容ではないでしょうか。本書に名前が出てくるプライベートバンクは最初架空のものかと思っていましたが、この前オフィスビルを発見し、本当に実在することが分かりました。初刊が2016年ということで、日本の富裕層の状況も変わってきており、さらには本書でも詳細に触れられている通り日本の金融当局の締め付けも進んでいるということで、この2021年ではまた違う状況になっているんだろうと想像しますが、それでも外資系金融機関には日本人のプライベートバンカーが複数いらっしゃり、やはりそれなりの富裕層やその資産管理が行われているのだろうと思います。
また、日本人相手に限らずファミリー・オフィスといって世界中の資産家の資産運用を行う小規模な運用会社が数多く立ち上がっており、また、シンガポール政府もこの動きを促進しているため、今後も金融資産のセーフヘブンとしてのシンガポールの地位はますます向上していきそうです。プライベートバンクに預けるような資産のない私には全く無縁の世界ですが、こういう世界もある、というのは知識としてはなかなか知られて面白かったです。
本年もあっという間に残り少なくなりましたが、もう1冊レビューをアップしていない本があるのでそちらも年内に上げたいと思います。
このBlogの目的は、シンプルです。ただ、私が読んだ本を評していくこと、それだけです。ちなみにジャンルの限定はなく、ただ一つのルールは、私が最初から最後までリアルタイムに読んだ本、それを書評することだけです(従って、昔読んだ本や全て読まなかったものは対象外)。
2021年12月11日土曜日
2021年6月12日土曜日
第238回:「2030年すべてが「加速」する世界に備えよ」ピーター・ディアマンディス&スティーヴン・コトラー
レーティング:★★★★★★☆
かなり売れているという一冊。普段あまり読まない類の本ですが、世の中の変化の速度がかなり上がってきていて今後数十年続くと思っていたことがどんどんそうではなくなっていることを実感していて、何が起きているのかという興味から読みました。この本が言わんとしているところは、コンピューターの計算速度、ネットによる情報共有量やスピード、そして各種の工学、化学技術の深化で素材や製法について急速に高度化が進行しており、重要なことにはコンバージェンスといって情報技術を中心としてこれらの多様な領域が融合し、相互作用しながら今までにない技術が出来上がっているということ。
この影響は広く深いので、小売りで言えば店舗の位置づけが根本的に変わる、広告は高度にパーソナライズされる(星新一的世界)、エンターテイメントもARと結びついて個別化へ、また医療はロボットや人工臓器、寿命延長が普通のものになり、都市化がさらに進んでいくというもの。SFで読んでいたような世界が本当に広がりつつあり、それのスピードはさらに加速していくというのが著者たちの主張です。人間は本質的に変わることを嫌がる(怖がる)ので読者は嫌な気持ちになるかもしれないけれど、これらの深化は決してネガティブなものではなく、健康や安全の実現、環境問題への急速な対応など、様々なポジティブな結果をもたらすこと、さらには失われる仕事も多数あるけれど新たに作り出される仕事がそれを上回ることもしっかり説明されています。
昨今はコロナもあり、人間が世界の変化についていけていない気がしますが、これからはもっと激しく変化していくことを前提として認識しておけば、いちいち驚くことも落胆することも少なくなることと思うので、そのメリットを最大限生かしていくことを考えたいと思います。非常に説得力のある一冊ですし、売れている理由もよく分かりました。
かなり売れているという一冊。普段あまり読まない類の本ですが、世の中の変化の速度がかなり上がってきていて今後数十年続くと思っていたことがどんどんそうではなくなっていることを実感していて、何が起きているのかという興味から読みました。この本が言わんとしているところは、コンピューターの計算速度、ネットによる情報共有量やスピード、そして各種の工学、化学技術の深化で素材や製法について急速に高度化が進行しており、重要なことにはコンバージェンスといって情報技術を中心としてこれらの多様な領域が融合し、相互作用しながら今までにない技術が出来上がっているということ。
この影響は広く深いので、小売りで言えば店舗の位置づけが根本的に変わる、広告は高度にパーソナライズされる(星新一的世界)、エンターテイメントもARと結びついて個別化へ、また医療はロボットや人工臓器、寿命延長が普通のものになり、都市化がさらに進んでいくというもの。SFで読んでいたような世界が本当に広がりつつあり、それのスピードはさらに加速していくというのが著者たちの主張です。人間は本質的に変わることを嫌がる(怖がる)ので読者は嫌な気持ちになるかもしれないけれど、これらの深化は決してネガティブなものではなく、健康や安全の実現、環境問題への急速な対応など、様々なポジティブな結果をもたらすこと、さらには失われる仕事も多数あるけれど新たに作り出される仕事がそれを上回ることもしっかり説明されています。
昨今はコロナもあり、人間が世界の変化についていけていない気がしますが、これからはもっと激しく変化していくことを前提として認識しておけば、いちいち驚くことも落胆することも少なくなることと思うので、そのメリットを最大限生かしていくことを考えたいと思います。非常に説得力のある一冊ですし、売れている理由もよく分かりました。
2020年10月25日日曜日
第232回:「受け師の道 百折不撓の棋士・木村一樹」樋口 薫
レーティング:★★★★☆☆☆
前回の投稿から気づけば5ヵ月が経過していました。この間はコロナで仕事のスタイルが変わり、また出張も皆無であったため纏まった移動時間も取れず、更には仕事も幸いなことに忙しい状況が続いたため、本当に数える程しか本を読めていない状況でした。
コロナは日本での状況は落ち着いているわけですが、欧州、米州では引き続き猛威を奮っており、まだまだ世界的に落ち着かない状況なのかと思います。すでに国内の産業や企業も大きな影響を受けていますし、人々のマインドもかなりインパクトを受けているのではないかと思います。
そんな中久々の一冊ですが、木村前王位が王位(初タイトル)を2019年の秋に獲得するまでの苦闘の歴史を綴っています。樋口さんは中日新聞の記者ということです。
現役最年長のタイトル獲得となり、大きな話題となったことは記憶に新しいところですが、本年、気鋭の藤井さんに敗れたことも記憶に新しいところです。本書は本年6月に出ているのですが、木村さんが藤井さんなんかが挑戦者になったら嫌だな、と言っておられるところが印象的です。本当に藤井さんが挑戦者になってしまい、結果的にその通りになってしまいました。
木村さんは奨励会(プロへの過程)で本当に苦労し、23歳9か月で四段昇段。その後は破竹の勢いでA級に昇格するなどします(本年はB級1組)。その過程では、上記の王位獲得の前に6回タイトル戦を戦い、すべて獲得に失敗しています。そのどれもが不本意であり、順位戦の力を出せなかったり、勝ちきれなかったり本当にどれも悔しい負け方となります。そのたびに絶望的な思いをしますが、それでも諦めることがなかったのは本人の努力に裏付けられたひそかな自信と野月さんや行方さんといった素晴らしいプロ棋士や後援会の仲間のお陰であることが良くわかる一冊です。
将棋の技術的な話はほとんどありませんが、その素晴らしい人柄が伝わっていきます。ちょうど今、羽生9段が竜王戦(タイトル戦)に挑んでいますが、羽生さんは木村さんより年上であり、このタイトル戦の行方も注目されます。泣けるところも多い、心洗われる一冊です。
前回の投稿から気づけば5ヵ月が経過していました。この間はコロナで仕事のスタイルが変わり、また出張も皆無であったため纏まった移動時間も取れず、更には仕事も幸いなことに忙しい状況が続いたため、本当に数える程しか本を読めていない状況でした。
コロナは日本での状況は落ち着いているわけですが、欧州、米州では引き続き猛威を奮っており、まだまだ世界的に落ち着かない状況なのかと思います。すでに国内の産業や企業も大きな影響を受けていますし、人々のマインドもかなりインパクトを受けているのではないかと思います。
そんな中久々の一冊ですが、木村前王位が王位(初タイトル)を2019年の秋に獲得するまでの苦闘の歴史を綴っています。樋口さんは中日新聞の記者ということです。
現役最年長のタイトル獲得となり、大きな話題となったことは記憶に新しいところですが、本年、気鋭の藤井さんに敗れたことも記憶に新しいところです。本書は本年6月に出ているのですが、木村さんが藤井さんなんかが挑戦者になったら嫌だな、と言っておられるところが印象的です。本当に藤井さんが挑戦者になってしまい、結果的にその通りになってしまいました。
木村さんは奨励会(プロへの過程)で本当に苦労し、23歳9か月で四段昇段。その後は破竹の勢いでA級に昇格するなどします(本年はB級1組)。その過程では、上記の王位獲得の前に6回タイトル戦を戦い、すべて獲得に失敗しています。そのどれもが不本意であり、順位戦の力を出せなかったり、勝ちきれなかったり本当にどれも悔しい負け方となります。そのたびに絶望的な思いをしますが、それでも諦めることがなかったのは本人の努力に裏付けられたひそかな自信と野月さんや行方さんといった素晴らしいプロ棋士や後援会の仲間のお陰であることが良くわかる一冊です。
将棋の技術的な話はほとんどありませんが、その素晴らしい人柄が伝わっていきます。ちょうど今、羽生9段が竜王戦(タイトル戦)に挑んでいますが、羽生さんは木村さんより年上であり、このタイトル戦の行方も注目されます。泣けるところも多い、心洗われる一冊です。
2020年5月6日水曜日
第231回:『親鸞「四つの謎」を解く』 梅原 猛
レーティング:★★★★★★★
前回の投稿からかなり時間が空いてしまい、この間は仕事がやたら忙しく、またコロナ対応などでかなりイレギュラーなライフスタイルになっていました。本書は地元の図書館で借りてきたものですが、地元の図書館もかれこれ1ヵ月ほど完全に閉鎖されており、オンラインの予約受付なども停止しています。地元の本屋に5月4日に行ってきましたが、コロナ感染者数が減ってきていること、陽気が良いことを背景にかなりの人が立ち読みをしていました。ゆっくり本屋で本を見たいところではありますが、雑誌を1冊だけ買って早々に帰ってきました。
ニュースを見ていると東京を始めとして全国で外出自粛が浸透し、GWの人出はかつてないほどの少なさであったようです。感染者数は全国的に目に見えて減ってきていますが、早く学校もビジネスも正常化するとよいと思います。ただ、出張等は数か月は原則禁止になるでしょうし、かなりの影響が本年いっぱい、場合によっては来年にも残っていきそうです。
そんな中ちびちびと読んできたのが本書、前回に続いて親鸞モノです。梅原 猛さんの著作は本当に面白く本ブログでも何度もレビューしてきましたが、まだ読んだことのない一冊がたまたま図書館で目に入ったものです。文庫版で借りていますが平成29年5月、単行本としては2014年10月刊行ということですから、梅原さんの実質的な遺作に近い位置づけではないかと思います(梅原さんは2019年没)。『歎異抄』(唯円)を旧制中学4年から繰り返し、繰り返し読んでこられたという梅原さんの深い思索と取材が詰まった本であり、タイトルにあるとおり謎が設定され、それを解き明かしていく、という流れになっています。
ここからは若干のネタバレを含みますが4つの謎は、それぞれ次のものです。1.出家の謎、2.法然門下入門の謎、3.結婚の謎、4.悪の自覚の謎、というものでどれも大変興味深いものです。それぞれに対して一定の結論が出されていき、その答えが正しいのかどうかというのは色々と議論があるものと思います。個人的には4.は親族というか出自を理由とした答えになっていますが、本当にそれだけなのだろうかという感じがしています。いずれにせよ、一貫して流れているのは『正明伝』という浄土真宗やその研究者から一貫して偽書扱いされてきた伝記(覚如の長子である存覚)をベースに謎解きが展開され、その多くはとても説得力があり、親鸞の生きた時代の困難さや祈り、喜びや深い人間性が感じられてきて本当に味わい深い一作となっています。
また本書の成立には梅原さんがおかれていた最晩年という人生のステージも大きく寄与しています。特に、悪人正機説についてついて考察を深めていく最終部、「二種廻向」、すなわち「往相廻向」と「還相(げんそう)廻向」の下りはとても味わい深く、半分は著者の心の痛切な叫びを聞いているような切なさがあります。梅原さんの数多くの著作の中でもとりわけ素晴らしい1冊ではないかと思いました。
前回の投稿からかなり時間が空いてしまい、この間は仕事がやたら忙しく、またコロナ対応などでかなりイレギュラーなライフスタイルになっていました。本書は地元の図書館で借りてきたものですが、地元の図書館もかれこれ1ヵ月ほど完全に閉鎖されており、オンラインの予約受付なども停止しています。地元の本屋に5月4日に行ってきましたが、コロナ感染者数が減ってきていること、陽気が良いことを背景にかなりの人が立ち読みをしていました。ゆっくり本屋で本を見たいところではありますが、雑誌を1冊だけ買って早々に帰ってきました。
ニュースを見ていると東京を始めとして全国で外出自粛が浸透し、GWの人出はかつてないほどの少なさであったようです。感染者数は全国的に目に見えて減ってきていますが、早く学校もビジネスも正常化するとよいと思います。ただ、出張等は数か月は原則禁止になるでしょうし、かなりの影響が本年いっぱい、場合によっては来年にも残っていきそうです。
そんな中ちびちびと読んできたのが本書、前回に続いて親鸞モノです。梅原 猛さんの著作は本当に面白く本ブログでも何度もレビューしてきましたが、まだ読んだことのない一冊がたまたま図書館で目に入ったものです。文庫版で借りていますが平成29年5月、単行本としては2014年10月刊行ということですから、梅原さんの実質的な遺作に近い位置づけではないかと思います(梅原さんは2019年没)。『歎異抄』(唯円)を旧制中学4年から繰り返し、繰り返し読んでこられたという梅原さんの深い思索と取材が詰まった本であり、タイトルにあるとおり謎が設定され、それを解き明かしていく、という流れになっています。
ここからは若干のネタバレを含みますが4つの謎は、それぞれ次のものです。1.出家の謎、2.法然門下入門の謎、3.結婚の謎、4.悪の自覚の謎、というものでどれも大変興味深いものです。それぞれに対して一定の結論が出されていき、その答えが正しいのかどうかというのは色々と議論があるものと思います。個人的には4.は親族というか出自を理由とした答えになっていますが、本当にそれだけなのだろうかという感じがしています。いずれにせよ、一貫して流れているのは『正明伝』という浄土真宗やその研究者から一貫して偽書扱いされてきた伝記(覚如の長子である存覚)をベースに謎解きが展開され、その多くはとても説得力があり、親鸞の生きた時代の困難さや祈り、喜びや深い人間性が感じられてきて本当に味わい深い一作となっています。
また本書の成立には梅原さんがおかれていた最晩年という人生のステージも大きく寄与しています。特に、悪人正機説についてついて考察を深めていく最終部、「二種廻向」、すなわち「往相廻向」と「還相(げんそう)廻向」の下りはとても味わい深く、半分は著者の心の痛切な叫びを聞いているような切なさがあります。梅原さんの数多くの著作の中でもとりわけ素晴らしい1冊ではないかと思いました。
2019年8月11日日曜日
第225回:「極夜行前」角幡 唯介
レーティング:★★★★★★★
第221回でレビューした名作と呼び声の高い「極夜行」のまさに準備段階について記した一冊です。角幡さんには失礼ですが、人気作の二番煎じでつまらない本なんじゃないかという危惧も少しだけあったのですが、至極真面目に書かれており、またそのクオリティは「極夜行」よりも高いのではないかという一冊でした。探検物が好きな方には本当にマストといえる一冊ではないでしょうか。素晴らしい作品です。
おおもとになった「極夜行」については既に第221回に結構書き込んだのでまだの方はそちらを見ていただくとして、本書の素晴らしさは冒険家角幡唯介が如何に長い年月を掛け、また用意周到に困難を乗り越えながら準備してきたがの過程がつぶさにわかることです。例えば本編ではさらりとしか触れられない六分儀について試行錯誤を繰り返したこと、デポについては何度も何度も荒らされてきたこと、またカヤックでの北極圏での長旅を行ってきたことなど、どれもが得難い探検となっています。また、その過程では自らと北極圏がダイレクトにつながり、まさに自然の恵みを得て自分が生きていき、さらに旅をアレンジしていくというダイレクトな感覚を味わうプロセスが描かれており、感動的ですらあります。
自分が道具を使いこなし、スキルを習得しながら自らのできることを拡大していく、それは生命にとって生きることと同義であるはず。旅の中でそのプロセスをたくさんの助力を得ながら実現していったこの探検は、間違いなく事前準備も含めて角幡さんの最高傑作ではないでしょうか。また、30代後半から40代前半に掛けて何かの最高傑作を残したいという角幡さんの人生観は胸に刺さるものがあります。当然、探検という肉体的な要素が強いジャンルと市井の勤め人では何をもってピークとするかは相当異なるものと思いますが、その覚悟に学ぶところ大です。
第221回でレビューした名作と呼び声の高い「極夜行」のまさに準備段階について記した一冊です。角幡さんには失礼ですが、人気作の二番煎じでつまらない本なんじゃないかという危惧も少しだけあったのですが、至極真面目に書かれており、またそのクオリティは「極夜行」よりも高いのではないかという一冊でした。探検物が好きな方には本当にマストといえる一冊ではないでしょうか。素晴らしい作品です。
おおもとになった「極夜行」については既に第221回に結構書き込んだのでまだの方はそちらを見ていただくとして、本書の素晴らしさは冒険家角幡唯介が如何に長い年月を掛け、また用意周到に困難を乗り越えながら準備してきたがの過程がつぶさにわかることです。例えば本編ではさらりとしか触れられない六分儀について試行錯誤を繰り返したこと、デポについては何度も何度も荒らされてきたこと、またカヤックでの北極圏での長旅を行ってきたことなど、どれもが得難い探検となっています。また、その過程では自らと北極圏がダイレクトにつながり、まさに自然の恵みを得て自分が生きていき、さらに旅をアレンジしていくというダイレクトな感覚を味わうプロセスが描かれており、感動的ですらあります。
自分が道具を使いこなし、スキルを習得しながら自らのできることを拡大していく、それは生命にとって生きることと同義であるはず。旅の中でそのプロセスをたくさんの助力を得ながら実現していったこの探検は、間違いなく事前準備も含めて角幡さんの最高傑作ではないでしょうか。また、30代後半から40代前半に掛けて何かの最高傑作を残したいという角幡さんの人生観は胸に刺さるものがあります。当然、探検という肉体的な要素が強いジャンルと市井の勤め人では何をもってピークとするかは相当異なるものと思いますが、その覚悟に学ぶところ大です。
2019年6月30日日曜日
第222回:「植村直己、挑戦を語る」文藝春秋編
レーティング:★★★★☆☆☆
前回レビューした角幡さんの先達であり、北極圏の冒険で名をはせた植村直己さんの対談集です。この本自体は平成16年で刊行されており、すでに15年前の作品となります。植村さんは1984年、昭和59年に消息を絶たれており、私の思い違いかもしれませんがニュースで行方不明の速報があり、この人はどういう人なのかと父に聞いた覚えがあります。植村さんが43歳の時の話です。
私にとってはごく小さいころに亡くなられた植村さんの名前は、色々なところで見たり聞いたりすることになりました。主に登山雑誌や角幡さんのような探検家の書籍を通じてですが、やはりその極地を探検する行動力と先駆性について一様に称賛されており、いつか読んでみたいと願いつつずいぶんな時が経ちました。図書館で手に取った本書は、色々な媒体に掲載された10以上の著名人と植村さんの対談が収められています。よくわかったのは植村さんの凄まじさです。日本人としてヒマラヤに初登頂、その後、世界5大陸最高峰に世界で初めて登頂した人となります。更に、北極圏の犬ぞり(単独)12千キロ旅行、同じく北極点への犬ぞり(単独)成功。最後は世界初となるマッキンリー冬期単独登頂を達成され、直後に行方知れずとなります。その行動の密度とレベルの高さは驚愕すべきものであり、以降、同じような方は日本には現れておらず、世界的にも名前が轟きました。
面白かったのは植村さんのとても飾らない人柄と謙虚さです。ご本人は自分は社会や会社では普通にはやっていけない落伍者であるという認識を基本に持っており、それがゆえに大学を卒業してもふらふらと流れるようにアフリカにわたっていった話をされます。野生時のようなたくましさを持っている一方、少なくとも戦後の日本社会によくなじめないという感じが強くにじみ出ており、もの悲しさもあります。それにしても対談者が豪華であり、石原慎太郎、五木寛之、王貞治、堀江健一(ヨットマン)、遠藤周作、開高健、伊丹重蔵、小西政継(登山家)、井上靖、大貫映子(ドーバー海峡横断スイマー)らが並んでいます。何人かはすでにお亡くなりになっていますが、彼らの若いころの対談は現代ではNGのような発言も数多く、おおらかな時代だったことを伺わせます。
今度は、ご本人の著作を探して読んでみたいと思います。
前回レビューした角幡さんの先達であり、北極圏の冒険で名をはせた植村直己さんの対談集です。この本自体は平成16年で刊行されており、すでに15年前の作品となります。植村さんは1984年、昭和59年に消息を絶たれており、私の思い違いかもしれませんがニュースで行方不明の速報があり、この人はどういう人なのかと父に聞いた覚えがあります。植村さんが43歳の時の話です。
私にとってはごく小さいころに亡くなられた植村さんの名前は、色々なところで見たり聞いたりすることになりました。主に登山雑誌や角幡さんのような探検家の書籍を通じてですが、やはりその極地を探検する行動力と先駆性について一様に称賛されており、いつか読んでみたいと願いつつずいぶんな時が経ちました。図書館で手に取った本書は、色々な媒体に掲載された10以上の著名人と植村さんの対談が収められています。よくわかったのは植村さんの凄まじさです。日本人としてヒマラヤに初登頂、その後、世界5大陸最高峰に世界で初めて登頂した人となります。更に、北極圏の犬ぞり(単独)12千キロ旅行、同じく北極点への犬ぞり(単独)成功。最後は世界初となるマッキンリー冬期単独登頂を達成され、直後に行方知れずとなります。その行動の密度とレベルの高さは驚愕すべきものであり、以降、同じような方は日本には現れておらず、世界的にも名前が轟きました。
面白かったのは植村さんのとても飾らない人柄と謙虚さです。ご本人は自分は社会や会社では普通にはやっていけない落伍者であるという認識を基本に持っており、それがゆえに大学を卒業してもふらふらと流れるようにアフリカにわたっていった話をされます。野生時のようなたくましさを持っている一方、少なくとも戦後の日本社会によくなじめないという感じが強くにじみ出ており、もの悲しさもあります。それにしても対談者が豪華であり、石原慎太郎、五木寛之、王貞治、堀江健一(ヨットマン)、遠藤周作、開高健、伊丹重蔵、小西政継(登山家)、井上靖、大貫映子(ドーバー海峡横断スイマー)らが並んでいます。何人かはすでにお亡くなりになっていますが、彼らの若いころの対談は現代ではNGのような発言も数多く、おおらかな時代だったことを伺わせます。
今度は、ご本人の著作を探して読んでみたいと思います。
2019年6月16日日曜日
第221回:「極夜行」角幡 唯介
レーティング:★★★★★★★
以前ツアンポーの探検についてレビューした角幡(かくはた)さんの一冊です。2018年の本屋大賞2018年ノンフィクション本大賞と大佛次郎賞を獲得した一冊です。角幡さんは、ノンフィクション分野、とりわけ探検分野(というものがあれば)では本当に伸び盛り、また円熟さも出してきている第一人者です。目が離せない作家といって良いと思います。その良さはオリジナリティのあふれる探検を自ら考え、自らの資金で実行し、それを作品にしているという点、また筆力も高く、ただの叙述ではなく、かといって過剰な叙情でもない良さがある点です。本書はまぎれもなく一線級の作品であり、こういう探検と著作を出せる人は日本にはごくわずかになっていると思います。
本作は、極夜でどこまでいけるかという題材を取り扱った一冊です。極夜とは耳慣れないことばですが、白夜の対義語で要すれば一日中太陽が昇らない状態を指します。北極圏のごく近い地域では白夜と極夜の両方が体験出来て、まさに異次元的というか宇宙的な体験ができるそうです。グリーンランドが舞台であり、角幡さんは4年間を掛けて実験的な探検から始まり、各種の技術習得、デポの設営など何度も現地に足を運びながら周到に準備をされます。その成果もあって極めて過酷な状況ながらツアンポーよりも死地をさまよう局面が少ないような感じですが、それでも毎日暗い中を犬と一緒に橇を引きながら何か月も氷点下30-40度といったなかを人力で歩きとおすのですから、大変なことです。当たり前ですが常人には全く想像もつかない世界です。
また、結婚、奥さんの出産といったライフイベントがうまく探検とマッチしてきて、ただの探検から人生や太陽といったものへの深い考察へと降りてきます。加えて今回特徴的なのは犬を同行させており、その犬との交流や協力、さらには抜き差しならない状況に陥った時の判断までつまびらかに開示されており、犬とと旅することについてもユニークな考察がなされた一冊になっています。
角幡さんは40歳ころまでに最高の探検をしたかった、これからは衰えが出てくるだろうということを書かれています。しかしながら、本書を読む限りむしろ経験を増して更に独創性のある探検ができるようになられている印象があります。次の本格的な探検がどういう形になるのかわかりませんが、大変期待しているところです。
以前ツアンポーの探検についてレビューした角幡(かくはた)さんの一冊です。2018年の本屋大賞2018年ノンフィクション本大賞と大佛次郎賞を獲得した一冊です。角幡さんは、ノンフィクション分野、とりわけ探検分野(というものがあれば)では本当に伸び盛り、また円熟さも出してきている第一人者です。目が離せない作家といって良いと思います。その良さはオリジナリティのあふれる探検を自ら考え、自らの資金で実行し、それを作品にしているという点、また筆力も高く、ただの叙述ではなく、かといって過剰な叙情でもない良さがある点です。本書はまぎれもなく一線級の作品であり、こういう探検と著作を出せる人は日本にはごくわずかになっていると思います。
本作は、極夜でどこまでいけるかという題材を取り扱った一冊です。極夜とは耳慣れないことばですが、白夜の対義語で要すれば一日中太陽が昇らない状態を指します。北極圏のごく近い地域では白夜と極夜の両方が体験出来て、まさに異次元的というか宇宙的な体験ができるそうです。グリーンランドが舞台であり、角幡さんは4年間を掛けて実験的な探検から始まり、各種の技術習得、デポの設営など何度も現地に足を運びながら周到に準備をされます。その成果もあって極めて過酷な状況ながらツアンポーよりも死地をさまよう局面が少ないような感じですが、それでも毎日暗い中を犬と一緒に橇を引きながら何か月も氷点下30-40度といったなかを人力で歩きとおすのですから、大変なことです。当たり前ですが常人には全く想像もつかない世界です。
また、結婚、奥さんの出産といったライフイベントがうまく探検とマッチしてきて、ただの探検から人生や太陽といったものへの深い考察へと降りてきます。加えて今回特徴的なのは犬を同行させており、その犬との交流や協力、さらには抜き差しならない状況に陥った時の判断までつまびらかに開示されており、犬とと旅することについてもユニークな考察がなされた一冊になっています。
角幡さんは40歳ころまでに最高の探検をしたかった、これからは衰えが出てくるだろうということを書かれています。しかしながら、本書を読む限りむしろ経験を増して更に独創性のある探検ができるようになられている印象があります。次の本格的な探検がどういう形になるのかわかりませんが、大変期待しているところです。
2018年11月4日日曜日
第199回:「垂直の記憶」山野井 泰史
レーティング:★★★★★★☆
前回レビューから1ヵ月以上不本意にも空いてしまいました。出張もあり、なんやかやと休日もイベントがあり、ゆっくり本を読むことができなかったのですが、11月に入り少し時間が出来ました。
さて、本書は登山、とりわけアルパイン・スタイル、ビッグウォール・クライミング・スタイルにおける名著と言われている一冊です。山野井さんは一般にはそこまで有名ではないかもしれませんが、その道のスーパースターであり、日本における第一人者の一人といって差し支えないのではないでしょうか。また、奥様の妙子さんも女性アルピニストとして世界的に知られています。本書は山野井さんが時に奥様ともチームを組み、ヒマラヤに挑んだ記録を本にまとめたものです。サブタイトルが「岩と雪の7章」ってかっこよすぎます。
私はアルパインもビッグウォールもやったことがないんですが、本書は真のクライマーの物語であり、読んでいるだけでこちらまでドキドキする臨場感があります。最後の「ギャチュン・カン北壁」をピークとして、どの登山も壮絶も壮絶であり、またこういうことをやりきってしまう身体能力や意志の強さというのは想像を絶しています。最近、夜テレビでやっている「クレージー・ジャーニー」という番組を、ちょうど会社から帰ったあたりでやっていることもあり見るのですが、この番組も想像を絶するような旅や挑戦をしている人を紹介しており、ものすごく面白いです。山野井さんもぜひ出てほしいところです。
しかし、8000メートルを超える高峰に一人で突っ込んでいくとかそういう話ばかりなのですが、本当にすごいです。ご本人も認めているようにやや特殊な世界なので、それをもって社会的に偉いとか偉くないというのは全くないのですが、その突き抜けた情熱と実行力と見方にはあこがれを感じます。
前回レビューから1ヵ月以上不本意にも空いてしまいました。出張もあり、なんやかやと休日もイベントがあり、ゆっくり本を読むことができなかったのですが、11月に入り少し時間が出来ました。
さて、本書は登山、とりわけアルパイン・スタイル、ビッグウォール・クライミング・スタイルにおける名著と言われている一冊です。山野井さんは一般にはそこまで有名ではないかもしれませんが、その道のスーパースターであり、日本における第一人者の一人といって差し支えないのではないでしょうか。また、奥様の妙子さんも女性アルピニストとして世界的に知られています。本書は山野井さんが時に奥様ともチームを組み、ヒマラヤに挑んだ記録を本にまとめたものです。サブタイトルが「岩と雪の7章」ってかっこよすぎます。
私はアルパインもビッグウォールもやったことがないんですが、本書は真のクライマーの物語であり、読んでいるだけでこちらまでドキドキする臨場感があります。最後の「ギャチュン・カン北壁」をピークとして、どの登山も壮絶も壮絶であり、またこういうことをやりきってしまう身体能力や意志の強さというのは想像を絶しています。最近、夜テレビでやっている「クレージー・ジャーニー」という番組を、ちょうど会社から帰ったあたりでやっていることもあり見るのですが、この番組も想像を絶するような旅や挑戦をしている人を紹介しており、ものすごく面白いです。山野井さんもぜひ出てほしいところです。
しかし、8000メートルを超える高峰に一人で突っ込んでいくとかそういう話ばかりなのですが、本当にすごいです。ご本人も認めているようにやや特殊な世界なので、それをもって社会的に偉いとか偉くないというのは全くないのですが、その突き抜けた情熱と実行力と見方にはあこがれを感じます。
2018年9月8日土曜日
第197回:「聖の青春」大崎 善生
レーティング:★★★★★★★
もうずっと前、村上聖(さとし)さんが亡くなったのは平成10年ということなので、20年も前になります。1998年のこと。自分はそのころテレビニュースなどで何度か天才棋士の早すぎる死を聞いたものの、当時はあまり深く気に留めることがありませんでした。29歳の早すぎる死、幼いころから病気を患いながらも、棋士として素晴らしい才能を発揮したが道半ばで、という程度の認識しかなかったものでそれきりでした。しかし、なんとなく気になって、ずっと忘れて今日に至っていたところ、この前、図書館で偶然目に飛び込んできて、思わず借りました。
本書は村上さんや師匠である森さんと深い親交を結んだ将棋雑誌の編集者が描いた一冊であり、何気なく読み始めたものの、今まで読んできた本の中で、激しく心を揺さぶるトップ3に入る衝撃を受けました。村上さんの絶え間ない闘病の中での不屈の戦い、ご両親の温かい無私の支援、お兄さんの愛情と苦しみ、師匠であった森さんの苦悩と惜しみない親のような愛情、羽生、谷川といった将棋界の綺羅星のようなライバルたち(正確には谷川さんは目標であり、ライバルとは位置付けがたいが)が生き生きと描かれています。そして見逃せないのが、昭和後期から平成初期に掛けての大阪のアパートを中心とした庶民的な暮らしや千駄ヶ谷の将棋会館のあたりの風景も描かれ、一人の人間の生きざまを描きながら、その周りの大きな愛情や勝負の厳しさ、そして時代まで切り取る作品に仕上がっています。著者の筆力に脱帽です。
小学校の大半を病院で過ごす生活の中、将棋に傾倒していった村上さんは、文字通り人生すべてを将棋に捧げ、最後は一戦一戦ごとに文字通り命を削りながら棋戦を行いました。その思いの強さや執念、病気から培った独特の生命観。そんな中でも、人生を楽しめた北海道旅行や麻雀などで遊ぶこともできたエピソーがあったのは、本に明るさを添えています。自分は村上さんとは境遇が全く違うけれど、それだけ真剣に前向きに人生を生きているのかと考えると非常に心もとないものがありますが、命の大切さや高い目標に向かった真剣に物事に取り組むことの重要性を改めて思い起こさせてくれます。一級品の作品であり、高校生や大学生にぜひ読んでほしい一冊です。
もうずっと前、村上聖(さとし)さんが亡くなったのは平成10年ということなので、20年も前になります。1998年のこと。自分はそのころテレビニュースなどで何度か天才棋士の早すぎる死を聞いたものの、当時はあまり深く気に留めることがありませんでした。29歳の早すぎる死、幼いころから病気を患いながらも、棋士として素晴らしい才能を発揮したが道半ばで、という程度の認識しかなかったものでそれきりでした。しかし、なんとなく気になって、ずっと忘れて今日に至っていたところ、この前、図書館で偶然目に飛び込んできて、思わず借りました。
本書は村上さんや師匠である森さんと深い親交を結んだ将棋雑誌の編集者が描いた一冊であり、何気なく読み始めたものの、今まで読んできた本の中で、激しく心を揺さぶるトップ3に入る衝撃を受けました。村上さんの絶え間ない闘病の中での不屈の戦い、ご両親の温かい無私の支援、お兄さんの愛情と苦しみ、師匠であった森さんの苦悩と惜しみない親のような愛情、羽生、谷川といった将棋界の綺羅星のようなライバルたち(正確には谷川さんは目標であり、ライバルとは位置付けがたいが)が生き生きと描かれています。そして見逃せないのが、昭和後期から平成初期に掛けての大阪のアパートを中心とした庶民的な暮らしや千駄ヶ谷の将棋会館のあたりの風景も描かれ、一人の人間の生きざまを描きながら、その周りの大きな愛情や勝負の厳しさ、そして時代まで切り取る作品に仕上がっています。著者の筆力に脱帽です。
小学校の大半を病院で過ごす生活の中、将棋に傾倒していった村上さんは、文字通り人生すべてを将棋に捧げ、最後は一戦一戦ごとに文字通り命を削りながら棋戦を行いました。その思いの強さや執念、病気から培った独特の生命観。そんな中でも、人生を楽しめた北海道旅行や麻雀などで遊ぶこともできたエピソーがあったのは、本に明るさを添えています。自分は村上さんとは境遇が全く違うけれど、それだけ真剣に前向きに人生を生きているのかと考えると非常に心もとないものがありますが、命の大切さや高い目標に向かった真剣に物事に取り組むことの重要性を改めて思い起こさせてくれます。一級品の作品であり、高校生や大学生にぜひ読んでほしい一冊です。
2018年7月22日日曜日
第192回:「セラピスト」最相 葉月
レーティング:★★★★★★★
最相さんは数年ごとにコンスタントに労作を世に出す、ノンフィクション作家として知られており、出世作は『絶対音感』です。私は『絶対音感』は読んでおらず、ただ、自分の好きな星新一の評伝を書いてたなという程度の認識しかありませんでした。前回(第191回)でレビューした故・河合さんの本と同時に借りたのが、初めて最相さんの本を読む機会となりました。
ノン・フィクションは色々なジャンルの中でも好きですが、読んでみるとやたら浅いものやいろいろなネタ本のホッチキス止めのようなものが多い中で、本書を一読し、最相さんが以下に長い時間をかけて丁寧に取材し、またバックグラウンドの勉強や資料収集を怠りなく進め、更に本作について切実な動機をもって執筆に当たったのかがよくわかりました。ほかの作品は読んでいませんが、きっと素晴らしいクオリティの作品を書かれているのではないかと思われ、ぜひ読んでみたいと思います。
本書は体験的ノン・フィクションとでもいうべきものであり、自ら箱庭療法を体験し、更に心理学についての専門的な教育を受けながら進んでいきます。戦後日本の心理学が、占領後の一部の大洗の教育機関、さらにそこに関係した米国のクリスチャンから齎されたこと。米国、スイスに学んだユング派の河合先生が臨床心理士として、ユング的な考え方やカウンセリングのアプローチを持ち込んだこと。臨床心理士(今後は国家資格として心理師)のワークや日本の医療改善に取り組んだ人々。さらに箱庭療法の実際。色々と俯瞰しながら、現代医療の問題点や障碍者福祉(そして社会復帰)までの取り組みを紹介するもので、非常に高い見地や広い視野と同時に地に足の着いたルポが組み合わされ、現代社会論としてもとても面白い一冊です。
最後に河合さんや臨床心理士たちの書いたケースが断片的に紹介されていますが、とても面白いです。人間って不思議な存在なのだとつくづく思います。広く推奨できる一冊であり、ご関心の向きはぜひ読んでいただければと思います。非常に分厚いですが、文章もとてもよく推敲され、読みやすいので時間は余りかかりません。
最相さんは数年ごとにコンスタントに労作を世に出す、ノンフィクション作家として知られており、出世作は『絶対音感』です。私は『絶対音感』は読んでおらず、ただ、自分の好きな星新一の評伝を書いてたなという程度の認識しかありませんでした。前回(第191回)でレビューした故・河合さんの本と同時に借りたのが、初めて最相さんの本を読む機会となりました。
ノン・フィクションは色々なジャンルの中でも好きですが、読んでみるとやたら浅いものやいろいろなネタ本のホッチキス止めのようなものが多い中で、本書を一読し、最相さんが以下に長い時間をかけて丁寧に取材し、またバックグラウンドの勉強や資料収集を怠りなく進め、更に本作について切実な動機をもって執筆に当たったのかがよくわかりました。ほかの作品は読んでいませんが、きっと素晴らしいクオリティの作品を書かれているのではないかと思われ、ぜひ読んでみたいと思います。
本書は体験的ノン・フィクションとでもいうべきものであり、自ら箱庭療法を体験し、更に心理学についての専門的な教育を受けながら進んでいきます。戦後日本の心理学が、占領後の一部の大洗の教育機関、さらにそこに関係した米国のクリスチャンから齎されたこと。米国、スイスに学んだユング派の河合先生が臨床心理士として、ユング的な考え方やカウンセリングのアプローチを持ち込んだこと。臨床心理士(今後は国家資格として心理師)のワークや日本の医療改善に取り組んだ人々。さらに箱庭療法の実際。色々と俯瞰しながら、現代医療の問題点や障碍者福祉(そして社会復帰)までの取り組みを紹介するもので、非常に高い見地や広い視野と同時に地に足の着いたルポが組み合わされ、現代社会論としてもとても面白い一冊です。
最後に河合さんや臨床心理士たちの書いたケースが断片的に紹介されていますが、とても面白いです。人間って不思議な存在なのだとつくづく思います。広く推奨できる一冊であり、ご関心の向きはぜひ読んでいただければと思います。非常に分厚いですが、文章もとてもよく推敲され、読みやすいので時間は余りかかりません。
2018年6月24日日曜日
第190回:「山本五十六」阿川 弘之
レーティング:★★★★★★★
山本五十六は、日本の軍人の中では東郷平八郎、乃木希典あたりと同格の高い知名度を持っているのではないかと思います。今はそうでもないのかもしれませんが、私の小学校時代はまだプラモデルがそれなりに人気があり、軍艦や戦車、ゼロ戦といったものを幾つか作った記憶があります。その後、太平洋戦争の書籍をたまに図書館で借りて読んだりしていましたが、戦後に描かれた本は、ほとんどが海軍善玉説であり、陸軍=悪玉というわかりやすい描かれ方をしています。その主な理由は、2・26事件を主導したのが陸軍の青年将校であったこと、また明確な戦略がなく中国で戦線を拡大し、なし崩し的に三国同盟を推進したことで、米英との全面対決の構図を作ったことが挙げられます。
さて、本書はそのようにとかく善く描かれがちな海軍において連合艦隊司令長官(亡くなったのち元帥)を務めた山本五十六の評伝です。まずは本当に丹念に取材がなされており、また多くの先人の書物の上に作られていますので、とてもバランスが取れた内容になっています。山本氏が長岡の出身で、贔屓ともいえるとても強い郷土愛を持っていたこと、夫婦仲はよくなく、外に親密な女性を抱えていたことなど目にうろこの部分がかなりあります。また、昭和初期から軍縮交渉に携わり、米国、英国にも長期出張を含めてかなり滞在したことも恥ずかしながら知りませんでした。そういう国際的な経験を通じて、日本の国力の限界を理解していたがゆえに、開戦反対であったことはよく知られていますし、早くから艦艇に対して飛行機の有用性を意識していたことも有名です。
真珠湾攻撃は、山本氏の短期決戦、早期講和を目指す考えから出てきており、機動部隊で米国海軍の本拠地を叩くという本当に野心的な作戦でした。結果的に空母を叩けなかったわけですが、相当の成果を上げました。その後の連合艦隊司令長官は、正直に言えばあまり積極的に指揮を執っているわけでもなく、大和に蟄居するような形で日を過ごしていたようです。惜しむらくは、空母を中心とした機動部隊の有用性に気づきながら、その活用がその後は必ずしもされなかったこと(サンゴ海海戦などは別として)、更には司令長官の問題ではありませんが、自身の死の原因にもなる暗号解読の重要性に気づかず、ミッドウェー海戦を迎えたことです。
とは言え、これらはすべて敗戦後のタラレバの世界の話であり、後世の私たちが偉そうに論評する話でもなく、できるとしたらどういう教訓を読み取れるかよく考えるくらいでしょうか。人物としては、故郷を愛し、新しい用兵法や作戦を考案し、部下や理知的な考えを好む極めて尊敬できる方だったことが分かります。また、阿川氏のバランスの取れた論考、タブーなく描きたいという姿勢に頭が下がります。阿川氏の書いた「井上成美」も読んでみたいと思います。
山本五十六は、日本の軍人の中では東郷平八郎、乃木希典あたりと同格の高い知名度を持っているのではないかと思います。今はそうでもないのかもしれませんが、私の小学校時代はまだプラモデルがそれなりに人気があり、軍艦や戦車、ゼロ戦といったものを幾つか作った記憶があります。その後、太平洋戦争の書籍をたまに図書館で借りて読んだりしていましたが、戦後に描かれた本は、ほとんどが海軍善玉説であり、陸軍=悪玉というわかりやすい描かれ方をしています。その主な理由は、2・26事件を主導したのが陸軍の青年将校であったこと、また明確な戦略がなく中国で戦線を拡大し、なし崩し的に三国同盟を推進したことで、米英との全面対決の構図を作ったことが挙げられます。
さて、本書はそのようにとかく善く描かれがちな海軍において連合艦隊司令長官(亡くなったのち元帥)を務めた山本五十六の評伝です。まずは本当に丹念に取材がなされており、また多くの先人の書物の上に作られていますので、とてもバランスが取れた内容になっています。山本氏が長岡の出身で、贔屓ともいえるとても強い郷土愛を持っていたこと、夫婦仲はよくなく、外に親密な女性を抱えていたことなど目にうろこの部分がかなりあります。また、昭和初期から軍縮交渉に携わり、米国、英国にも長期出張を含めてかなり滞在したことも恥ずかしながら知りませんでした。そういう国際的な経験を通じて、日本の国力の限界を理解していたがゆえに、開戦反対であったことはよく知られていますし、早くから艦艇に対して飛行機の有用性を意識していたことも有名です。
真珠湾攻撃は、山本氏の短期決戦、早期講和を目指す考えから出てきており、機動部隊で米国海軍の本拠地を叩くという本当に野心的な作戦でした。結果的に空母を叩けなかったわけですが、相当の成果を上げました。その後の連合艦隊司令長官は、正直に言えばあまり積極的に指揮を執っているわけでもなく、大和に蟄居するような形で日を過ごしていたようです。惜しむらくは、空母を中心とした機動部隊の有用性に気づきながら、その活用がその後は必ずしもされなかったこと(サンゴ海海戦などは別として)、更には司令長官の問題ではありませんが、自身の死の原因にもなる暗号解読の重要性に気づかず、ミッドウェー海戦を迎えたことです。
とは言え、これらはすべて敗戦後のタラレバの世界の話であり、後世の私たちが偉そうに論評する話でもなく、できるとしたらどういう教訓を読み取れるかよく考えるくらいでしょうか。人物としては、故郷を愛し、新しい用兵法や作戦を考案し、部下や理知的な考えを好む極めて尊敬できる方だったことが分かります。また、阿川氏のバランスの取れた論考、タブーなく描きたいという姿勢に頭が下がります。阿川氏の書いた「井上成美」も読んでみたいと思います。
2018年2月17日土曜日
第183回:「空白の五マイル」角幡 唯介
レーティング:★★★★★★★
現代には稀な冒険家の話。世界中の殆どの場所が踏破されつつある現代において、そもそも冒険というものが成立しづらくなっているわけですが、著者は冒険の現代的な意味を問いながら、ツアンポー峡谷という中国とインド国境付近の最後の楽園とされた土地について書いていきます。本書(文庫)は2012年に出ていますが、著者の角幡さんは近著(エッセー?)もあるようなので、そちらも遠からず読んでみたいと思います。
本書は前回レビューに続いて星7つです。大学時代に心底感動した本が『この地球を受け継ぐ者へ―人力地球縦断プロジェクト「P2P」の全記録』(石川 直樹)だったのですが、その本とはまた違った趣で強い印象が残りました。まずP2Pは、世界的なプロジェクトに選ばれた若者たちが衝突を繰り返しながら協力してエクスペディションを行っていくものでした。衛星携帯やブログといった当時最新のテクノロジー満載で、ほぼリアルタイムで旅の様子が発信されていく形であり、全体として明るく、夢と希望に満ちたものでした。翻って今回レビューした一冊は、大学の探検部時代からツアンポーに取りつかれた人が、大学時代のツアンポー峡谷踏査の構想を3回に分けてかなえていき、その手法も基本的には単独行、傷だらけ、サポート僅か、予測不可能な事態が連続して生きて帰れるのかどうか、という厳しいものです。また、著者の大学の先輩がツアンポー峡谷のカヌーで亡くなったエピソードから始まるように、常に死と生と冒険という重いテーマを抱えています。
読んでいて本当に驚くのが切実な動機をもってツアンポーに入り、限られた食料を持ちながら沢の遡行、藪漕ぎ、クライミング、雪との闘いを乗り越えていく強さです。自らの生を放り投げたような粗削りな旅ですが、恐れおののきながら進んでいく様はとても感動的です。また、ツアンポーの複雑な歴史や文化自体もとても興味深いですし、更には旅の最後で見せられる官憲のやさしさといった部分もぐっときます。私は、本作で出てくる人(1人だけ)とお会いし、一緒に食事を1度だけさせていただいたことがもう16年ほど前にあります。とても強烈な印象を受けた方で、眼の力が強く、今でも忘れられない方です。この本を読んでいて期せずして再びそのご活躍ぶりを目にして、まったく予期しない感銘も受けました。
現代には稀な冒険家の話。世界中の殆どの場所が踏破されつつある現代において、そもそも冒険というものが成立しづらくなっているわけですが、著者は冒険の現代的な意味を問いながら、ツアンポー峡谷という中国とインド国境付近の最後の楽園とされた土地について書いていきます。本書(文庫)は2012年に出ていますが、著者の角幡さんは近著(エッセー?)もあるようなので、そちらも遠からず読んでみたいと思います。
本書は前回レビューに続いて星7つです。大学時代に心底感動した本が『この地球を受け継ぐ者へ―人力地球縦断プロジェクト「P2P」の全記録』(石川 直樹)だったのですが、その本とはまた違った趣で強い印象が残りました。まずP2Pは、世界的なプロジェクトに選ばれた若者たちが衝突を繰り返しながら協力してエクスペディションを行っていくものでした。衛星携帯やブログといった当時最新のテクノロジー満載で、ほぼリアルタイムで旅の様子が発信されていく形であり、全体として明るく、夢と希望に満ちたものでした。翻って今回レビューした一冊は、大学の探検部時代からツアンポーに取りつかれた人が、大学時代のツアンポー峡谷踏査の構想を3回に分けてかなえていき、その手法も基本的には単独行、傷だらけ、サポート僅か、予測不可能な事態が連続して生きて帰れるのかどうか、という厳しいものです。また、著者の大学の先輩がツアンポー峡谷のカヌーで亡くなったエピソードから始まるように、常に死と生と冒険という重いテーマを抱えています。
読んでいて本当に驚くのが切実な動機をもってツアンポーに入り、限られた食料を持ちながら沢の遡行、藪漕ぎ、クライミング、雪との闘いを乗り越えていく強さです。自らの生を放り投げたような粗削りな旅ですが、恐れおののきながら進んでいく様はとても感動的です。また、ツアンポーの複雑な歴史や文化自体もとても興味深いですし、更には旅の最後で見せられる官憲のやさしさといった部分もぐっときます。私は、本作で出てくる人(1人だけ)とお会いし、一緒に食事を1度だけさせていただいたことがもう16年ほど前にあります。とても強烈な印象を受けた方で、眼の力が強く、今でも忘れられない方です。この本を読んでいて期せずして再びそのご活躍ぶりを目にして、まったく予期しない感銘も受けました。
2018年2月12日月曜日
第182回:「外道クライマー」宮城 公博
レーティング:★★★★★★★
久々の星7つ、とても型破りで面白い一冊でした。那智の滝を登った人が捕まった事件はニュースになりました(2012年7月)が、その時に目にされた方もいるかとおもいます。私も当時は山登りにも沢登り(こちらはやったことありませんが)にも興味がなく、沢ヤはなんでこんなバカな、罰当たりなことをするんだろうと思って気にも留めませんでした。しかし、なんとその逮捕されたうちの一人がこの著者と知って驚くとともに、更にこの本の面白さに驚いたところです。
宮城さんは、クライマーとしてヒマラヤなどで高い実績を上げつつ、そのクライミング技術に磨きを掛け、国内外で沢登りをするいわゆる生粋の沢ヤということです。仕事も那智の滝で逮捕されてからやめてしまい、今はクライミングやライター、登山ガイドなどをして過ごしているそうです。本書の面白さは、宮城さんと仲間の沢ヤのキャラの濃さと飾らない生き方につきます。常識をはるかに超えたような挑戦をただふらりとやってしまうその生き方は、とても市井のリーマンには真似もできないところであり、それがゆえにあこがれる部分があります。
本書は那智の滝での逮捕事件から始まり、メインとなるタイのジャングル46日探検、台湾の大渓谷(チャーカンシー)、称名滝の登攀といった構成です。どれも濃密な体験であり、沢や滝をひたすら遡上するという旅は私には面白さが分かりませんが、とにかくそれに魅せられて力を合わせて(合わせてないときも多いですが)進んでいく姿は痛快です。特にタイのジャングルは壮絶で生死の境目に来たというような局面がいくつか出てきます。本当はミャンマーにいきたかったのに、途中で予定を変更してタイに行ったり、いきあたりばったりですが、クライミングについてはそれなりに周到な準備をしたりと緻密なんだか緻密じゃないんだかよくわかりません。
世間の常識から大きく外れた生活ですがこういう本がちゃんと出版され、また多くの読者がついているところに日本の社会の多様さというか健全さを感じます。表現含めてとても面白く、最初の索引からかなり笑えますのでとてもお勧めです。
久々の星7つ、とても型破りで面白い一冊でした。那智の滝を登った人が捕まった事件はニュースになりました(2012年7月)が、その時に目にされた方もいるかとおもいます。私も当時は山登りにも沢登り(こちらはやったことありませんが)にも興味がなく、沢ヤはなんでこんなバカな、罰当たりなことをするんだろうと思って気にも留めませんでした。しかし、なんとその逮捕されたうちの一人がこの著者と知って驚くとともに、更にこの本の面白さに驚いたところです。
宮城さんは、クライマーとしてヒマラヤなどで高い実績を上げつつ、そのクライミング技術に磨きを掛け、国内外で沢登りをするいわゆる生粋の沢ヤということです。仕事も那智の滝で逮捕されてからやめてしまい、今はクライミングやライター、登山ガイドなどをして過ごしているそうです。本書の面白さは、宮城さんと仲間の沢ヤのキャラの濃さと飾らない生き方につきます。常識をはるかに超えたような挑戦をただふらりとやってしまうその生き方は、とても市井のリーマンには真似もできないところであり、それがゆえにあこがれる部分があります。
本書は那智の滝での逮捕事件から始まり、メインとなるタイのジャングル46日探検、台湾の大渓谷(チャーカンシー)、称名滝の登攀といった構成です。どれも濃密な体験であり、沢や滝をひたすら遡上するという旅は私には面白さが分かりませんが、とにかくそれに魅せられて力を合わせて(合わせてないときも多いですが)進んでいく姿は痛快です。特にタイのジャングルは壮絶で生死の境目に来たというような局面がいくつか出てきます。本当はミャンマーにいきたかったのに、途中で予定を変更してタイに行ったり、いきあたりばったりですが、クライミングについてはそれなりに周到な準備をしたりと緻密なんだか緻密じゃないんだかよくわかりません。
世間の常識から大きく外れた生活ですがこういう本がちゃんと出版され、また多くの読者がついているところに日本の社会の多様さというか健全さを感じます。表現含めてとても面白く、最初の索引からかなり笑えますのでとてもお勧めです。
2017年10月28日土曜日
第178回:「黒部の山賊」伊藤 正一
レーティング:★★★★★★★
先日、NHKのブラタモリで黒部ダムや立山をやっていましたが、黒部はいつか行ってみたい土地であり、興味津々で読みました。伊藤さんは大正12年、長野市生まれ。昭和21年に三俣小屋の権利を譲り受け、昭和24年から現在の三俣山荘に住みながら、近隣の山小屋を建設・運営し、どっぷりと黒部の山中に暮らしながら、猟師や営林署、登山客、動物、物の怪(?)との交友を深められました。その様子をとてもユーモラスに、愛情たっぷりに描いたのが本書であり、初版は昭和39年、非常に評価の高い伝説的な本で、今回の復本は平成26年になされたということです。ちなみに巻末には復本に際して高橋庄太郎さんが寄稿されています(なかなか味があります)。
内容ですが、山小屋整備のあたりの山賊たちとの出会い、奇妙な生活、埋蔵金に取りつかれた人々、バケモノ、遭難、動物、後日談という構成になっています。とにかくどのパートもとても面白く、思わずおいおいそれは盛りすぎでは、というストーリーが随所に出てきますが、あの黒部の山奥ではそういうこともあったのかなと思わせる筆致であり、さらに言えばあったかなかったかは別として非常におおらかで人間味が強い時代であり、地域であったんだなということを感じられる本です。山小屋、登山、大自然とったところに関心ある方には必読といえます。
また、表紙は畦地梅太郎さんの絵であり、とても素敵です。また、巻頭や途中に写真がふんだんに使われており、どれも貴重で目が釘付けになるようなものばかりです。さらに冒頭に書いた通り、高橋庄太郎さんの短文もぜひ読んでいただきたいところです。
先日、NHKのブラタモリで黒部ダムや立山をやっていましたが、黒部はいつか行ってみたい土地であり、興味津々で読みました。伊藤さんは大正12年、長野市生まれ。昭和21年に三俣小屋の権利を譲り受け、昭和24年から現在の三俣山荘に住みながら、近隣の山小屋を建設・運営し、どっぷりと黒部の山中に暮らしながら、猟師や営林署、登山客、動物、物の怪(?)との交友を深められました。その様子をとてもユーモラスに、愛情たっぷりに描いたのが本書であり、初版は昭和39年、非常に評価の高い伝説的な本で、今回の復本は平成26年になされたということです。ちなみに巻末には復本に際して高橋庄太郎さんが寄稿されています(なかなか味があります)。
内容ですが、山小屋整備のあたりの山賊たちとの出会い、奇妙な生活、埋蔵金に取りつかれた人々、バケモノ、遭難、動物、後日談という構成になっています。とにかくどのパートもとても面白く、思わずおいおいそれは盛りすぎでは、というストーリーが随所に出てきますが、あの黒部の山奥ではそういうこともあったのかなと思わせる筆致であり、さらに言えばあったかなかったかは別として非常におおらかで人間味が強い時代であり、地域であったんだなということを感じられる本です。山小屋、登山、大自然とったところに関心ある方には必読といえます。
また、表紙は畦地梅太郎さんの絵であり、とても素敵です。また、巻頭や途中に写真がふんだんに使われており、どれも貴重で目が釘付けになるようなものばかりです。さらに冒頭に書いた通り、高橋庄太郎さんの短文もぜひ読んでいただきたいところです。
2017年10月22日日曜日
第177回:「米中もし戦わば」ピーター・ナヴァロ
レーティング:★★★★★★★
トランプ政権における国家通商会議の委員長であり、学者でもある著者の一冊です。もともとは経済学者ということですが、今回の一作は経済、外交、地政学、軍事戦略など多くの領域にまたがる、冷静でありながら本質的な分析をわかりやすく提示しています。
まず、世界地図を中国からみることで、軍事や貿易戦略の観点から、どうやって一次列島線が中国によって設定されたかが描かれます。中国にとっては、海洋進出を実現し、シナ海を中心に軍事プレゼンスを高めて、海洋支配を固めていくことは、単に拡張的な思想に基づくだけでなく、国家存続の観点からも緊要性が高いことが明かされていきます。このあたりは、内外の豊富な中国研究を活かしながら、とても明快で事実に基づいており、その見事さを感じます。色々な見方を比較検討して妥当性を評価しているあたりも、説得力を増す要素となっています。
あと知らなかった点が多々あるのですが、とりわけ、アメリカが先端技術や兵器の開発をしつつ、核兵器を含めて軍縮を進める中で、中国はハッキングをフル活用しながら技術のキャッチアップを進め、対艦ミサイルや宇宙兵器においては米国を上回るレベルに来ているということです。物量も味方につけ、ひと昔のように旧式兵器ばかりということは事実ではなくなっているということです。
米中関係の今後についてはかなり悲観的なことが書かれていますが、なんとか両国が折り合いをつけて平和に共存してほしいところです。もちろんその最前線にいる日本にとっても重大な影響があるので、いろいろなことを考えさせられる一冊でした。なんとか次の世代が英知を発揮して、平和を追求してほしいと思います。
トランプ政権における国家通商会議の委員長であり、学者でもある著者の一冊です。もともとは経済学者ということですが、今回の一作は経済、外交、地政学、軍事戦略など多くの領域にまたがる、冷静でありながら本質的な分析をわかりやすく提示しています。
まず、世界地図を中国からみることで、軍事や貿易戦略の観点から、どうやって一次列島線が中国によって設定されたかが描かれます。中国にとっては、海洋進出を実現し、シナ海を中心に軍事プレゼンスを高めて、海洋支配を固めていくことは、単に拡張的な思想に基づくだけでなく、国家存続の観点からも緊要性が高いことが明かされていきます。このあたりは、内外の豊富な中国研究を活かしながら、とても明快で事実に基づいており、その見事さを感じます。色々な見方を比較検討して妥当性を評価しているあたりも、説得力を増す要素となっています。
あと知らなかった点が多々あるのですが、とりわけ、アメリカが先端技術や兵器の開発をしつつ、核兵器を含めて軍縮を進める中で、中国はハッキングをフル活用しながら技術のキャッチアップを進め、対艦ミサイルや宇宙兵器においては米国を上回るレベルに来ているということです。物量も味方につけ、ひと昔のように旧式兵器ばかりということは事実ではなくなっているということです。
米中関係の今後についてはかなり悲観的なことが書かれていますが、なんとか両国が折り合いをつけて平和に共存してほしいところです。もちろんその最前線にいる日本にとっても重大な影響があるので、いろいろなことを考えさせられる一冊でした。なんとか次の世代が英知を発揮して、平和を追求してほしいと思います。
2017年9月16日土曜日
第175回:「野村證券第2事業法人部」横尾 宣政
レーティング:★★★★★★☆
かなり面白い一冊でした。著者のお名前にピンと来た方もいらっしゃるかと思いますが、そうです、野村證券出身で退職してからずいぶん経って、オリンパスの粉飾に関与したということで逮捕されてしまった方です。大きく分けて2部構成になっており、第1~7章が野村證券在籍時代、第8~11章がポスト野村時代です。
前半は青春活劇のようでとても臨場感や高揚感があって面白い一冊です。金沢支店を皮切りに、フィーを稼ぐことに邁進し、リテールから始めて、花形の事業法人部に乗り込みます。そこでも末席であったにもかかわらず、人の何倍も努力し、執念と度胸をもって顧客を開拓していきます。ここらへんは多少盛っている部分はあろうかと思いますが、すこぶる詳細かつ具体的な内容で、著者の証券マンとしての凄さをまざまざと感じさせます。しかし、80年代、90年代の証券会社というのは評判が悪かったですが、本当に良くも悪くもなんでもありだったんだということがよくわかりません。バブル崩壊後、証券会社や証券業界は大改革につぐ大改革を行いましたが、いまの株式や資本市場がいかに正常化されてきたのかがよくわかります。そりゃ株をやる人が日本で少ないよな、と実感します。
後半は野村証券を惜しまれながら退社し、ベンチャー投資や投資先の経営に当たる話です。しかし野村の看板は大きく、資本が限られている中で事業はなかなかうまくいかないようです。そこで昔のつてもあり、オリンパスとの接点が出てきます。著者は一貫してオリンパスの関係の関与を否定しており、一定の説得力は感じますが、前半で見せたリスク感度の高さ、真っ当かつ執拗な思考力がオリンパス関連ではすっぽり欠落している部分が、やや気にかかります。当然こういうものだとおもっていた、自分は細かいところにはタッチせず、部下に任せていた、自分が粉飾スキームを考えるのであればもっとうまくやった、など本当にそうなんだろうかという部分がいくつかあります。裁判はまだ続いているので、司法が結論を出す話ではありますが。
前半の生き生きした感じと、後半の苦難が対照的であり、人生論として読んでもとても味わい深い一冊です。証券会社や業界に関心がある方にはお勧めです。
かなり面白い一冊でした。著者のお名前にピンと来た方もいらっしゃるかと思いますが、そうです、野村證券出身で退職してからずいぶん経って、オリンパスの粉飾に関与したということで逮捕されてしまった方です。大きく分けて2部構成になっており、第1~7章が野村證券在籍時代、第8~11章がポスト野村時代です。
前半は青春活劇のようでとても臨場感や高揚感があって面白い一冊です。金沢支店を皮切りに、フィーを稼ぐことに邁進し、リテールから始めて、花形の事業法人部に乗り込みます。そこでも末席であったにもかかわらず、人の何倍も努力し、執念と度胸をもって顧客を開拓していきます。ここらへんは多少盛っている部分はあろうかと思いますが、すこぶる詳細かつ具体的な内容で、著者の証券マンとしての凄さをまざまざと感じさせます。しかし、80年代、90年代の証券会社というのは評判が悪かったですが、本当に良くも悪くもなんでもありだったんだということがよくわかりません。バブル崩壊後、証券会社や証券業界は大改革につぐ大改革を行いましたが、いまの株式や資本市場がいかに正常化されてきたのかがよくわかります。そりゃ株をやる人が日本で少ないよな、と実感します。
後半は野村証券を惜しまれながら退社し、ベンチャー投資や投資先の経営に当たる話です。しかし野村の看板は大きく、資本が限られている中で事業はなかなかうまくいかないようです。そこで昔のつてもあり、オリンパスとの接点が出てきます。著者は一貫してオリンパスの関係の関与を否定しており、一定の説得力は感じますが、前半で見せたリスク感度の高さ、真っ当かつ執拗な思考力がオリンパス関連ではすっぽり欠落している部分が、やや気にかかります。当然こういうものだとおもっていた、自分は細かいところにはタッチせず、部下に任せていた、自分が粉飾スキームを考えるのであればもっとうまくやった、など本当にそうなんだろうかという部分がいくつかあります。裁判はまだ続いているので、司法が結論を出す話ではありますが。
前半の生き生きした感じと、後半の苦難が対照的であり、人生論として読んでもとても味わい深い一冊です。証券会社や業界に関心がある方にはお勧めです。
2017年8月19日土曜日
第173回:「狩猟サバイバル」服部 文祥
レーティング:★★★★★☆☆
前回と前々回レビューした服部さんの作品です。2009年に刊行された一冊で、服部さんの実践する、いわゆるサバイバル登山の初期の作品であり、今ではすっかり定着してきた狩猟も始めて間もないシーズンの山行についてまとめられています。
この作品の読みどころは、サバイバル登山のあり方を手探りで探しながら、多くの反省を重ねながら模索が続いているところではないでしょうか。山梨県で修行として始まる巻き狩りの話、二度の和賀山塊(岩手県)行、猟銃入手の過程などが綴られていますが、どれも著者の鮮明な体験や思索が記録されていてとても読み応えがあります。本格的な登山家であったとはいえ、生のシカ肉を食べたり、タープだけで何日も山に入ったり、タフさが凄いです。かなりの環境でフィジカルに生き残れるんだろうなぁと思います。
ちなみに先月、BS(NHK)で服部さん一家(奥様、娘さん、ワンちゃん)も出演する番組が放映されてました。かなりの反響だったようで、今月上旬には再放送になってました。ぜひNHKの地上波でも番組流してほしいところです。
前回と前々回レビューした服部さんの作品です。2009年に刊行された一冊で、服部さんの実践する、いわゆるサバイバル登山の初期の作品であり、今ではすっかり定着してきた狩猟も始めて間もないシーズンの山行についてまとめられています。
この作品の読みどころは、サバイバル登山のあり方を手探りで探しながら、多くの反省を重ねながら模索が続いているところではないでしょうか。山梨県で修行として始まる巻き狩りの話、二度の和賀山塊(岩手県)行、猟銃入手の過程などが綴られていますが、どれも著者の鮮明な体験や思索が記録されていてとても読み応えがあります。本格的な登山家であったとはいえ、生のシカ肉を食べたり、タープだけで何日も山に入ったり、タフさが凄いです。かなりの環境でフィジカルに生き残れるんだろうなぁと思います。
ちなみに先月、BS(NHK)で服部さん一家(奥様、娘さん、ワンちゃん)も出演する番組が放映されてました。かなりの反響だったようで、今月上旬には再放送になってました。ぜひNHKの地上波でも番組流してほしいところです。
2017年7月17日月曜日
第172回:「ツンドラ・サバイバル」服部 文祥
レーティング:★★★★★★★
前回レビューに続いて、今ツボにはまっている服部さんの一作です。服部さんにとっておそらく大変うれしい一作になったであろう本書は、第4回「梅棹忠夫・山と探検文学賞」を受賞しています。ちなみにその前の4回の受賞者は以下の通りです。残念ながらどれも読んだことがありませんが、どれもものすごく面白そうです。
第1回(平成23年度)角幡唯介 著 空白の五マイル /集英社
第2回(平成25年度)中村保 著 最後の辺境 チベットのアルプス /東京新聞
第3回(平成26年度)高野秀行 著 謎の独立国家ソマリランド /本の雑誌社
第4回(平成27年度)中村哲 著 天、共に在り-アフガニスタン三十年の闘い /NHK出版
さて、この作品は前半は日本のサバイバル登山(北海道、四国など)、後半は文字通り北極圏に近いツンドラでのサバイバル紀行です。どちらもテレビの取材が一部入っており、特に後半(ツンドラ)は、NHKの番組とするために1か月ほどロケをした時間もお金も手間も掛かっているものです。日本のパートではまだ狩猟を始めたばかり?とお思しき服部さんがいろいろな山を歩きながら、主に鹿、時としてエゾライチョウなどを狩りながら進んでいきます。しかしながら、途中では沢登りの中で墜落し(取材同行)、瀕死の重傷を負いながら下山する場面もあります。また、家族にも行き先を告げづに山に入り、山で死ぬのは祝福である(というような趣旨)の発言もあり、かなり突き詰めた世界観を感じさせる部分があります。
後半は、偶然の出会い(ミーシャ)から白系ロシア人と現地トナカイ遊牧民との相克など、とても読ませる紀行文になっています。このあたりの文章力は、単にサバイバル登山家の枠を大きく超えており、梅棹賞の受賞も十分にうなづける文化人類学的な内容になっています。とても面白く、第171回でレビューした『獲物山』より(趣向がそもそも違う本ですが)とっつきやすく読ませる内容となっており、強くお勧めです。
前回レビューに続いて、今ツボにはまっている服部さんの一作です。服部さんにとっておそらく大変うれしい一作になったであろう本書は、第4回「梅棹忠夫・山と探検文学賞」を受賞しています。ちなみにその前の4回の受賞者は以下の通りです。残念ながらどれも読んだことがありませんが、どれもものすごく面白そうです。
第1回(平成23年度)角幡唯介 著 空白の五マイル /集英社
第2回(平成25年度)中村保 著 最後の辺境 チベットのアルプス /東京新聞
第3回(平成26年度)高野秀行 著 謎の独立国家ソマリランド /本の雑誌社
第4回(平成27年度)中村哲 著 天、共に在り-アフガニスタン三十年の闘い /NHK出版
さて、この作品は前半は日本のサバイバル登山(北海道、四国など)、後半は文字通り北極圏に近いツンドラでのサバイバル紀行です。どちらもテレビの取材が一部入っており、特に後半(ツンドラ)は、NHKの番組とするために1か月ほどロケをした時間もお金も手間も掛かっているものです。日本のパートではまだ狩猟を始めたばかり?とお思しき服部さんがいろいろな山を歩きながら、主に鹿、時としてエゾライチョウなどを狩りながら進んでいきます。しかしながら、途中では沢登りの中で墜落し(取材同行)、瀕死の重傷を負いながら下山する場面もあります。また、家族にも行き先を告げづに山に入り、山で死ぬのは祝福である(というような趣旨)の発言もあり、かなり突き詰めた世界観を感じさせる部分があります。
後半は、偶然の出会い(ミーシャ)から白系ロシア人と現地トナカイ遊牧民との相克など、とても読ませる紀行文になっています。このあたりの文章力は、単にサバイバル登山家の枠を大きく超えており、梅棹賞の受賞も十分にうなづける文化人類学的な内容になっています。とても面白く、第171回でレビューした『獲物山』より(趣向がそもそも違う本ですが)とっつきやすく読ませる内容となっており、強くお勧めです。
2017年7月16日日曜日
第171回:「獲物山」服部 文祥
レーティング:★★★★★★☆
服部さんは、いま一番面白いのではないかという方の一人です。私が知ったのは昨年だったか2年前くらいにある登山雑誌で目にしてからですが、その前から相当有名な方であり、K2(パキスタンの最高峰、8611M)を登頂しており、日本屈指のアルパインクライマーでありました。しかしながらその後、装備(人工物)を使って上る現代的な登山に疑問を感じ、ごく最小限のもの(米、調味料、鍋、釣り竿、猟銃等)だけをもって、山で狩猟、最終をしながら登山を行うとてもレアな『サバイバル登山』という分野を実践されています。私は読んでいませんが、雑誌『岳人』(モンベルが運営)の編集部に勤務されてながら、いろいろな媒体に寄稿したりテレビにも出演されています。
本書は、雑誌「フィールダー」に連載された記事を1冊にまとめたもので、とてもきれいなビジュアルと構成が特徴的です。どうしても狩猟の話が大きく、仕留めた動物(主に鹿)の画像が結構出てくるので、苦手な人はあまり手に取らない方がよいかもしれません。いろいろ驚きがあるのですが、この人は野人のような人で、野生の植物、動物をなんでもタブーなしに食事にしていきます。自衛隊のレンジャー訓練なども楽勝でこなせそうですが、そのタフさには刮目します。また、単に狩猟や登山をしているわけではなく、とても思索的、哲学的な一面が見られます。そこが単なる野人としての本ではない深みや魅力をだしています。生身の動物に手をかけ、生きること、食べることを探っていく言葉には、とても強い説得力やイメージの喚起力があります。
服部さんの本をもう1冊読んでいますが、サバイバル登山は手探りで進化を遂げているようです。とても面白く、しばらく服部さんの本を一連読み進めていきたいと思います。なお、作家としても評価されており、作品「ツンドラ・サバイバル」にて第5回梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞を受賞されています。とにかく型破りであり、少しでも関心を持たれた方は一読をお勧めします。
服部さんは、いま一番面白いのではないかという方の一人です。私が知ったのは昨年だったか2年前くらいにある登山雑誌で目にしてからですが、その前から相当有名な方であり、K2(パキスタンの最高峰、8611M)を登頂しており、日本屈指のアルパインクライマーでありました。しかしながらその後、装備(人工物)を使って上る現代的な登山に疑問を感じ、ごく最小限のもの(米、調味料、鍋、釣り竿、猟銃等)だけをもって、山で狩猟、最終をしながら登山を行うとてもレアな『サバイバル登山』という分野を実践されています。私は読んでいませんが、雑誌『岳人』(モンベルが運営)の編集部に勤務されてながら、いろいろな媒体に寄稿したりテレビにも出演されています。
本書は、雑誌「フィールダー」に連載された記事を1冊にまとめたもので、とてもきれいなビジュアルと構成が特徴的です。どうしても狩猟の話が大きく、仕留めた動物(主に鹿)の画像が結構出てくるので、苦手な人はあまり手に取らない方がよいかもしれません。いろいろ驚きがあるのですが、この人は野人のような人で、野生の植物、動物をなんでもタブーなしに食事にしていきます。自衛隊のレンジャー訓練なども楽勝でこなせそうですが、そのタフさには刮目します。また、単に狩猟や登山をしているわけではなく、とても思索的、哲学的な一面が見られます。そこが単なる野人としての本ではない深みや魅力をだしています。生身の動物に手をかけ、生きること、食べることを探っていく言葉には、とても強い説得力やイメージの喚起力があります。
服部さんの本をもう1冊読んでいますが、サバイバル登山は手探りで進化を遂げているようです。とても面白く、しばらく服部さんの本を一連読み進めていきたいと思います。なお、作家としても評価されており、作品「ツンドラ・サバイバル」にて第5回梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞を受賞されています。とにかく型破りであり、少しでも関心を持たれた方は一読をお勧めします。
2017年2月25日土曜日
第166回:「死の淵を見た男」門田 隆将
レーティング:★★★★★☆☆
もうそろそろあれから6年が経とうとしている東日本大震災により、深刻な事故を引き起こした福島第1原発の話です。門田さんは優れた現代のノンフィクション作家であり、スポーツから歴史まで幅広く執筆を続けられています。とても冷静であり公平な評価をしようとする一方、深い情があり非常に優れた作品が多いと感じます。
本書のサブタイトルは、「吉田昌郎と福島第一原発の五00日」というものです。これがほぼすべてなのですが、あまり知られていない事故発生直前からその後の対応やかかわった方々のその後を描いた一冊です。吉田所長はほとんど文字通りの暗闇の状況から、現場の職員たちを指揮し、後方に一部は避難させ、どうしても必要なところについては命がけの処置を統括しました。また、ノンフィクションとして素晴らしいのは、こういった所長の言動だけでなく、本当に多くの人に直接取材をして、復旧班や発電班といった現場のチーフやその下の職員にも丁寧に聞き、どういう状況であったのかを掘り起こしているところです。
本書を読むと、原発事故の被害は想定されたシナリオの中でいえば、ほとんど最小限に抑えられたのではないかということ、またその功績はひとえに現場の頑張りや命を賭して対応した自衛隊員や消防隊員にあったことが見えてきます。ただし、本書でも述べられているように、だから原発は安全だ、今後も事故はないということではなく、むしろ同じことがまた起こった時にこの被害で終わるという保証はなく、原発を続けていく場合は規制委員会等ですでに規制強化がなされていますが、さらに死角のない対応をとっていくことが必要になるのでしょう。
終わりの方の青森から福島第1に働きに出て亡くなった方のエピソードなどは、痛切極まりないものがあります。そして、極限で踏みとどまり、覚悟を決めて原発や地域を救った人々の誇りの高さに感銘を受けるばかりです。原発への賛否はいろいろあると思いますが、とても心打たれる一冊です。
もうそろそろあれから6年が経とうとしている東日本大震災により、深刻な事故を引き起こした福島第1原発の話です。門田さんは優れた現代のノンフィクション作家であり、スポーツから歴史まで幅広く執筆を続けられています。とても冷静であり公平な評価をしようとする一方、深い情があり非常に優れた作品が多いと感じます。
本書のサブタイトルは、「吉田昌郎と福島第一原発の五00日」というものです。これがほぼすべてなのですが、あまり知られていない事故発生直前からその後の対応やかかわった方々のその後を描いた一冊です。吉田所長はほとんど文字通りの暗闇の状況から、現場の職員たちを指揮し、後方に一部は避難させ、どうしても必要なところについては命がけの処置を統括しました。また、ノンフィクションとして素晴らしいのは、こういった所長の言動だけでなく、本当に多くの人に直接取材をして、復旧班や発電班といった現場のチーフやその下の職員にも丁寧に聞き、どういう状況であったのかを掘り起こしているところです。
本書を読むと、原発事故の被害は想定されたシナリオの中でいえば、ほとんど最小限に抑えられたのではないかということ、またその功績はひとえに現場の頑張りや命を賭して対応した自衛隊員や消防隊員にあったことが見えてきます。ただし、本書でも述べられているように、だから原発は安全だ、今後も事故はないということではなく、むしろ同じことがまた起こった時にこの被害で終わるという保証はなく、原発を続けていく場合は規制委員会等ですでに規制強化がなされていますが、さらに死角のない対応をとっていくことが必要になるのでしょう。
終わりの方の青森から福島第1に働きに出て亡くなった方のエピソードなどは、痛切極まりないものがあります。そして、極限で踏みとどまり、覚悟を決めて原発や地域を救った人々の誇りの高さに感銘を受けるばかりです。原発への賛否はいろいろあると思いますが、とても心打たれる一冊です。
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