2019年4月7日日曜日

第212回:「地の指」松本 清張

レーティング:★★★★★☆☆

文庫版で上下巻の大作です。昭和中期の都議会議員、都職員、私立病院、業界誌記者、タクシー運転手、そして警察が複雑に絡み合う本格的なミステリーです。スタートは業界紙記者からですが、だんだんと官民の汚職の構造が見えてくるものの、病院という強い守秘の鎧に守られて、なかなか真相が明らかになりません。そんな中で各社の思惑が交錯する中で更なる犯罪が積み重なってきます。偶発的な事件もあり、考え抜かれた証拠隠滅もあり、とても練られたストーリーです。

今作が松本さんの作品群の中で特徴的なのは、警察の視点で語られる部分が多いことで、特に下巻はほとんどが警官の視点となります。その仮説を立てながら追い詰めていく様はとてもスリリングで、思わず自分も犯人を追っているかのような錯覚に陥ります。ネタバレになるので、ほとんど中身を掛けないところが悔しいところですが、社会的なサスペンスの要素もあり、著者が強いメッセージを込めていることが分かります。そして、昭和中期の社会の独特の悲哀も感じられます。三丁目の夕日的なバラ色の世界ではなく、いつの時代もそれなりの裏面があるということがよくわかります。

松本さんを代表する一作といえるのではないでしょうか。

2019年3月31日日曜日

第211回:「自転車三昧」高千穂 遥

レーティング:★★★☆☆☆☆

NHK出版から2008年4月(もう11年ほども前ですね)に出版された新書です。高千穂さんはSF作家だそうですが、50歳を過ぎて本格的にスポーツタイプの自転車に乗り始め、その良さについて色々な角度から書かれています。感心してしまうのは、単にMTB、ロードバイクといった単一の車種を乗りついているのではなく、ママチャリ、ミニベロ、ロードバイク、ピストバイクといった多種多様な自転車を試し、それらを場面に分けて柔軟に使いこなしているところです。なかなかそういう探求心のある方はいないと思います。

本書は、新書ということもあり、極めて平易な語り口で堅苦しいことはなく話が進んでいきます。ただし道路交通法や自動車、自転車乗りのマナー、さらには自転車に厳しい交通行政に触れる部分については、思い入れが強いのかかなり繰り返し熱く進行していきます。なお、最後の部分は競輪に触れている部分が結構あります。いまどき渋い種類のスポーツですが、読んでいると結構面白く興味がわきます(競輪は一度も行ったことはありませんが・・)。とてもゆるい調子の一冊ですが、どのチャプターも面白く、自転車全般に興味がある方にはとてもすらすら読める一冊だと思います。

2019年3月18日月曜日

第210回:「花実のない森」松本 清張

レーティング:★★★★★★☆

今ハマっている光文社の松本清張プレミアム・ミステリーの一作です。1964年に刊行された一冊であり、昭和39年の作品です。始まり方はとてもユニークで、やっとこさ買った車でドライブを楽しんだ若者が、あるカップルをヒッチハイクで乗せ・・というものです。現代風に言えば、美女と野獣といったその二人に運転手はなぜかひっかかり、さらにはその女性に深く気を取られていくことになります。

これだけだとただの恋愛ものかストーカーもの見たいですが、ストーリーは思わぬ方向に動いていきます。考えてみると松本さんのミステリーは、善悪を超えて強く好奇心に突き動かされていく執念を持った男性が描かれていますが、知らぬ間に著者は自身を主人公に投影していたのではないでしょうか。それは一般的に見れば異常なほどの情熱ですが、その本人にとっては仕事やある時は人生をも左右してかまわないと思う切実な好奇心です。

本作の面白さは万葉集がキーワードとして随所に出てくるところです。百人一首もいいですが、私も万葉集の方が庶民の喜び、悲哀が聞こえる様で好きです。作品としてはずっと素朴ではありますが、そこにリアリティがあると思います。知りませんでしたが、松本さんは万葉集の大ファンだったそうで、関連する作品もあるそうですので、それはそれで読んでみたいところです。ちなみに本作も地方が終わりの方に出てきます。とても面白いです。

2019年3月10日日曜日

第209回:「疲れない脳をつくる生活習慣」石川 善樹

レーティング:★★☆☆☆☆☆

いわゆるマインドフルネスを冒頭で紹介し、あとは姿勢をよくする、よい睡眠をとる、血糖値の変動を抑えた食事をすることを推奨する本です。よくある話の寄せ集めという感じが否めず、マインドフルネスの話はグーグルのSIYの本で要素がほぼすべてカバーされていますし、ほかの話も中身として特に掘り下げたものはなかなか感じられませんでした。

ブログやネットの記事に情報が転がっている時代においては、情報の価値がかなり変わってきていて、通り一遍の常識をまとめたものについてどんどん売れなくなる気がします。本が売れなくなる時代ですが、力のある本は売れている一方、特色のない雑誌などはどんどん淘汰されており、なかなか本を出す人には難しい時代になったのではないかと感じさせられた一冊です。

2019年3月4日月曜日

第208回:「湖底の光芒」松本 清張

レーティング:★★★★★★☆

前回に続いて、松本清張さんの長編ミステリーです。めちゃくちゃ面白い一冊です。前回の作品とは異なり、主に諏訪湖畔を舞台とした作品であり、昭和中期の圧倒的な熱量をもった企業の競争と、そこで次々と捨てられる下請会社たちの悲哀を余すことなく描いています。正気と狂気と誠実さと裏切りが交錯し、とてもドラマチックな作品となっています。

書き出しは衝撃的で、いきなり倒産した企業の債権者集会から幕を開けます。書き方は悪いですが、昭和中期は倒産法制もあるはあるものの透明性をもって機能しておらず、司法の秩序が十分に浸透していなかったようで、いきなり陰謀を感じる書き出しとなります。そこから未亡人社長と誠実な腕のいい部下、伸び盛りのカメラメーカーが出てきて・・という流れですが、書いてしまうとネタバレになってしまうので、ここらへんで止めておきたいと思います。

しかし、松本清張さんの作品がいまだにこうして新版として刊行されなおすというのは、それだけ人気があり圧倒的な筆力があるということかと思います。このシリーズは相当の作品数があるので、次々と飽きずに読んでしまいそうです・・。

2019年2月24日日曜日

第207回:「数の風景」松本 清張

レーティング:★★★★★★★

松本清張といえば昭和の大作家ですが、昭和後期にもかけて長く活躍し、多くのミステリーを中心とした作品を遺しました。現在、光文社文庫から順次「松本清張プレミアム・ミステリー」として再発行されており、その一冊です。多作な作家でしたが、どの作品も違うテーマであり、また読みごたえも十分です(本作は542ページ)。

本作は銀山跡地が発端として始まる話であり、電力会社やその用地の取得の問題、さらには謎の女性の大学教授や自動車メーカーも絡んで、飽きさせない展開です。なんどか主人公の行動の根拠となる推論が惜ししめられますが、読者はその妥当性はいかほどか迷いながら読むことになると思いますが、そこが謎の提示であり、確認のポイントとなっており、試される感じがあります(私は外しました)。また、松本さんの作品の素晴らしさは日本の各所の美しい風景を余すことなく描写し、そこに流れる昭和の旅情といったものを十分に感じられるところです。こうして読んでみると、昔、田舎の宿に行ってもテレビ、新聞、雑談、大人であれば酒とタバコくらいしか娯楽がなかったということです。今は、電波が通じていればネット三昧なのかもしれませんし、マッサージチェアなんてものもあるところもあり、これを風情がなくなったとはいいませんが、少なくともライフスタイルが変わったとはいえます。

この光文社のシリーズはものすごい冊数が出ているので、なかなか時間が取れない毎日ではありますが、少しずつ今年は読み進めていきたいと思います。

2019年1月20日日曜日

第206回:「果断(隠蔽捜査2)」今野 敏

レーティング:★★★★★☆☆

昨年最後にレビューした第204回の隠蔽捜査の続編です。全く接点のない作品でしたが、年末に読んで面白かったので続編を図書館で借りてみました。キャリア警察官僚が大森警察署長として左遷されてきましたが、その後の活躍を描くものです。新米所長の戸惑いや葛藤をうまく描きつつも、地元の警察官の好奇の眼差しとプロ意識、更には本庁との関係などがぎっしり詰め込まれています。前作より文章がこなれているのか、すいすいと読めますし、ストーリーも割と明快に設定しているので楽しく1日で読むことができました。

なにげない強盗事件、緊急配備からストーリーは急展開します。前半であれ、もう終わり?という感じになりますが、そこからが面白い展開になって読みごたえがあります。隠蔽捜査は人気シリーズであるようで、更に第3巻も読んでみようと思っています。ちなみに本書は、山本周五郎賞と日本推理作家協会賞も受賞ということで、前作に続き、著者の出世作といえる作品です。