レーティング:★★★★☆☆☆
昔からこういう冒険ものというか極地ものが好きで、本作も面白く読みました。私が昔衝撃を受けたのは、石川直樹さんの「この地球を受け継ぐものへ」というノンフィクションで、20代前半の世界への好奇心を相当に刺激されたものでした。それに対して本作は、どちらかというと国内の山の話ばかりですが、知床や黒部といった日本でも、また世界的にも相当厳しい自然の中での話です。
アマゾンではやや辛口に評されていますが、サバイバル登山とは筆者によれば、極力装備や食事を切り詰め、簡素化していって理想的には身一つで自然に入って生き延びるような登山のありかた、ということになるかと思います。その割にはタープがあったり、お米や調味料が結構たくさん持参されたりと、それってサバイバルなのかという疑問が呈されていますが、私はこういうコンセプトは(自分はやらないし、どこまで意味があるのかはわからないけれど)とてもユニークで面白いと思います。そして登山のような行為では、そういう楽しみ方も十分許容されてしかるべきだと思いますし、実践して、本に出すこともとても面白いことだと思います。
本書で読み応えがあるのは、後半に描かれる黒部の迫真の登山記録です。黒部というのは本当に人も入るのが容易でない山深いところだそうで(今でも車でも行くのは相当困難だそうです)、しかも冬は世界的な豪雪地帯ということ。ここに正月に何度も言っている筆者とその仲間の方々はかなりクレージーだと思いますが、何日も雪に降り込められて身動きすらできない様は圧倒的です。さらにそこで複数人とはいえ、一緒にサバイバルしていく様はかなり面白いです。
著者の服部さんは、たまに雑誌「Be-pal」などに寄稿されています。最近はハンティングにも凝っていらっしゃるようで、ジビエを自分でさばかれたりしてワイルド度が本書が刊行された10年前より上がっている感じもします。ぜひ、海外での活動など新たな展開がまた本になることを期待しています。
このBlogの目的は、シンプルです。ただ、私が読んだ本を評していくこと、それだけです。ちなみにジャンルの限定はなく、ただ一つのルールは、私が最初から最後までリアルタイムに読んだ本、それを書評することだけです(従って、昔読んだ本や全て読まなかったものは対象外)。
2016年4月24日日曜日
2016年4月10日日曜日
第144回:「日本百名山と深田久弥」高辻 謙輔
レーティング:★★★★★☆☆
最近知ったのですが昭和中期に相当の登山ブームがあり、その時の火付け役はいくつかあるそうなのですが、一つが本書のタイトルになっている深田久弥氏(作家、登山家)が選定し、雑誌に連載した日本百名山だそうです。その本自体をまだ読んでないので、やや順番が前後しているのですが、評伝を見つけたのでまず背景を知る意味でも読んでみたものです。2004年、白水社刊行の単行本です。
深田さんは東大出身の当時として相当のインテリだったようですが、小説を書き、また登山に若くからたしなんでいたことから山岳関係の散文や小説も多く手掛けた方ということです。加賀の大聖寺あたりの出身ということですが、世田谷区松原や鎌倉にも住んでいたようです。また、大変な書物の収集家としても知られ、内外の古書を買い集め、自らの庭に九山山房という小屋を建てて、山岳関係の本の保存、閲覧、助言などに使っていたようです。
面白いのは日本の山を若いころから登り続け、自ら登った山の中から百名山を選定したことです。基準はゆるやかですが、原則1500メートル以上であること、山としての品格があることなどを挙げています。私は、小学生の時に上った筑波山(今年もう一度いこうと計画中)しか登ったことがないのですが、ぜひとも百名山を登ってみたいと考えています(1年に5峰で20年かかりますが・・)。
深田さんの時代から、現在もある山岳雑誌、例えば『山と渓谷』、『岳人』などがあり、深田さんも活発に寄港されていたようです。さすがに『PEAKS』はなかったようですが。この時代の登山はとてもおおらかで、結構山頂で酒を飲んだ、みたいな記述が出てきます。下山に危険が多いことを考えると、現在ではご法度な気がします。深田さん自身もかなり大酒飲みだったようで、それが直接の原因かわかりませんが、芽ヶ岳(山梨県、1704メートル)を登山中に亡くなっています。享年1704メートルでした。急死されたことは残念ですが、山を愛した深田さんとしてはある意味本望だったのかもしれません。ぜひ原書である『日本百名山』を近々読んでみたいと思います。
最近知ったのですが昭和中期に相当の登山ブームがあり、その時の火付け役はいくつかあるそうなのですが、一つが本書のタイトルになっている深田久弥氏(作家、登山家)が選定し、雑誌に連載した日本百名山だそうです。その本自体をまだ読んでないので、やや順番が前後しているのですが、評伝を見つけたのでまず背景を知る意味でも読んでみたものです。2004年、白水社刊行の単行本です。
深田さんは東大出身の当時として相当のインテリだったようですが、小説を書き、また登山に若くからたしなんでいたことから山岳関係の散文や小説も多く手掛けた方ということです。加賀の大聖寺あたりの出身ということですが、世田谷区松原や鎌倉にも住んでいたようです。また、大変な書物の収集家としても知られ、内外の古書を買い集め、自らの庭に九山山房という小屋を建てて、山岳関係の本の保存、閲覧、助言などに使っていたようです。
面白いのは日本の山を若いころから登り続け、自ら登った山の中から百名山を選定したことです。基準はゆるやかですが、原則1500メートル以上であること、山としての品格があることなどを挙げています。私は、小学生の時に上った筑波山(今年もう一度いこうと計画中)しか登ったことがないのですが、ぜひとも百名山を登ってみたいと考えています(1年に5峰で20年かかりますが・・)。
深田さんの時代から、現在もある山岳雑誌、例えば『山と渓谷』、『岳人』などがあり、深田さんも活発に寄港されていたようです。さすがに『PEAKS』はなかったようですが。この時代の登山はとてもおおらかで、結構山頂で酒を飲んだ、みたいな記述が出てきます。下山に危険が多いことを考えると、現在ではご法度な気がします。深田さん自身もかなり大酒飲みだったようで、それが直接の原因かわかりませんが、芽ヶ岳(山梨県、1704メートル)を登山中に亡くなっています。享年1704メートルでした。急死されたことは残念ですが、山を愛した深田さんとしてはある意味本望だったのかもしれません。ぜひ原書である『日本百名山』を近々読んでみたいと思います。
第143回:「風林火山」井上 靖
レーティング:★★★★★★☆
第140回で井上さんの『氷壁』をレビューしましたが、とても面白く、ほかの作品も読みたくなり図書館で借りてきました。相当古い作品ですが、こちらもとても面白く読めました。近現代の作品と歴史ものの作品をここまで上手く両方ともかける作家というのは、今の時代を入れてもとても稀有なのではないかと思います。
今年の大河ドラマはご存知の通り『真田丸』であり信州が現在のところ舞台となってきました。ごく初期に武田勝頼がなくなってしまいますが、その哀切な最期はかなり見事に描かれており、久々に歴史もの、それも武田家関係が気になっていたところ、ちょうどよく手に取り、あっという間に読了しました。タイトルから想像されるのはいわゆる武田信玄ですが、本作は予想に反して、優れた軍師、軍略家であった山本勘助を中心に展開していきます。知りませんでしたが、勘助は結構な年齢になるまで今川家の城下に居て、何度か今川家に士官を試みるものの実現せず、半分浪人のような形でいたようです。苦労人なんですね。
さて、武田家につかえることになった勘助はメキメキと戦ごとに信頼を勝ち得、武田家の重臣となりあがっていきます。これだけだと凡百の歴史小説ということで終わるのですが、本作は勘助の男前とはいえなかった容貌、天才的な直観と計略、子も家族も持たず戦いに明け暮れるなかでの諏訪の姫他へのひそかなる強い愛情、主君への忠誠など相反する強い情念を余すことなく描いているところです。心理小説的でもあり、単なる歴史小説とは趣を異にした傑作と呼んでよいと思います。
また、上杉家なども丹念に描いており、戦国時代の対立や戦闘というものが、決して単純な領地争いや殺戮の要素だけではなかったことも描いています。最後は第4回川中島の合戦(1561年10月)で終わりますが、これも壮絶であり、勘助はもとより信玄の弟・信繁、諸角虎定、初鹿野忠次なども戦死したようです。歴史もの好きな方は必読の一冊です。
第140回で井上さんの『氷壁』をレビューしましたが、とても面白く、ほかの作品も読みたくなり図書館で借りてきました。相当古い作品ですが、こちらもとても面白く読めました。近現代の作品と歴史ものの作品をここまで上手く両方ともかける作家というのは、今の時代を入れてもとても稀有なのではないかと思います。
今年の大河ドラマはご存知の通り『真田丸』であり信州が現在のところ舞台となってきました。ごく初期に武田勝頼がなくなってしまいますが、その哀切な最期はかなり見事に描かれており、久々に歴史もの、それも武田家関係が気になっていたところ、ちょうどよく手に取り、あっという間に読了しました。タイトルから想像されるのはいわゆる武田信玄ですが、本作は予想に反して、優れた軍師、軍略家であった山本勘助を中心に展開していきます。知りませんでしたが、勘助は結構な年齢になるまで今川家の城下に居て、何度か今川家に士官を試みるものの実現せず、半分浪人のような形でいたようです。苦労人なんですね。
さて、武田家につかえることになった勘助はメキメキと戦ごとに信頼を勝ち得、武田家の重臣となりあがっていきます。これだけだと凡百の歴史小説ということで終わるのですが、本作は勘助の男前とはいえなかった容貌、天才的な直観と計略、子も家族も持たず戦いに明け暮れるなかでの諏訪の姫他へのひそかなる強い愛情、主君への忠誠など相反する強い情念を余すことなく描いているところです。心理小説的でもあり、単なる歴史小説とは趣を異にした傑作と呼んでよいと思います。
また、上杉家なども丹念に描いており、戦国時代の対立や戦闘というものが、決して単純な領地争いや殺戮の要素だけではなかったことも描いています。最後は第4回川中島の合戦(1561年10月)で終わりますが、これも壮絶であり、勘助はもとより信玄の弟・信繁、諸角虎定、初鹿野忠次なども戦死したようです。歴史もの好きな方は必読の一冊です。
2016年3月27日日曜日
第142回:「大人の流儀5 追いかけるな」伊集院 静
レーティング:★★★★★☆☆
前作の『なぎさホテル』に続いて伊集院さんのエッセーとなります。すでにこのシリーズは4冊、昨年末にレビューしていますが、本書は2015年11月に出版されたもので、現時点での最新作となっています。いつもどおり歯に衣着せぬとても率直で面白い内容になっています。
いろいろと面白い記述があるのですが、まず野球で言うと松井氏のことは絶賛する一方、対談もしたイチロー氏のことについては相当懐疑的なところが面白いです。両選手はキャラの方向性がそもそもかなり違いますが、伊集院さんが直接的に指摘しているようにイチロー氏の発言がとても分かりにくく、日本語として難があるというところは個人的にはかなり同感です。偉大な選手ですが・・・。
あとは、スマホを四六時中、大人も子供もいじっている社会が異様であることも繰り返し言及しています。この点については自分も全くその通りだと同感する一方、暇があれば読んでしまう自分もいるので、その一員としては偉そうなことは言えません。最近気づいたのですが、朝の電車で新聞を読む人がほとんど皆無になりました。日経や産経は電子版に早くから力を入れていたので、ビジネスパーソンは結構スマホで日経などを読んでいるのかもしれませんが、ふと目に入る人は2チャンネルのまとめとか、パズルゲームなどが多いのはやや気がかりです。新聞を読んでいると偉いという話ではありませんが。あと、漫画を読んでいる人もいなくなりました。昔は1列8人並んでいたら、2人がジャンプやマガジン、2人が小説、2人が音楽、2人が昼寝というイメージがあったのですが、今は8人並んでいれば6人くらいすまほを見ているイメージです。これからは眼科が儲かる時代が来そうです。
本作は伊集院さんらしい、大人とは、男とはといった武骨な内容が前面に出ており、らしさを取り戻した一冊といっていいと思います。面白かったので、関心ある方にはお勧めです。
前作の『なぎさホテル』に続いて伊集院さんのエッセーとなります。すでにこのシリーズは4冊、昨年末にレビューしていますが、本書は2015年11月に出版されたもので、現時点での最新作となっています。いつもどおり歯に衣着せぬとても率直で面白い内容になっています。
いろいろと面白い記述があるのですが、まず野球で言うと松井氏のことは絶賛する一方、対談もしたイチロー氏のことについては相当懐疑的なところが面白いです。両選手はキャラの方向性がそもそもかなり違いますが、伊集院さんが直接的に指摘しているようにイチロー氏の発言がとても分かりにくく、日本語として難があるというところは個人的にはかなり同感です。偉大な選手ですが・・・。
あとは、スマホを四六時中、大人も子供もいじっている社会が異様であることも繰り返し言及しています。この点については自分も全くその通りだと同感する一方、暇があれば読んでしまう自分もいるので、その一員としては偉そうなことは言えません。最近気づいたのですが、朝の電車で新聞を読む人がほとんど皆無になりました。日経や産経は電子版に早くから力を入れていたので、ビジネスパーソンは結構スマホで日経などを読んでいるのかもしれませんが、ふと目に入る人は2チャンネルのまとめとか、パズルゲームなどが多いのはやや気がかりです。新聞を読んでいると偉いという話ではありませんが。あと、漫画を読んでいる人もいなくなりました。昔は1列8人並んでいたら、2人がジャンプやマガジン、2人が小説、2人が音楽、2人が昼寝というイメージがあったのですが、今は8人並んでいれば6人くらいすまほを見ているイメージです。これからは眼科が儲かる時代が来そうです。
本作は伊集院さんらしい、大人とは、男とはといった武骨な内容が前面に出ており、らしさを取り戻した一冊といっていいと思います。面白かったので、関心ある方にはお勧めです。
2016年3月12日土曜日
第141回:「なぎさホテル」伊集院 静
レーティング:★★★★☆☆☆
著者が20代後半から30代半ばまで過ごされた、逗子のホテル(今はないそうです)における暮らしやその時に出会った人たちについて書いた回想のような一冊です。小生でもないし随筆ともいえない不思議な文章ですが、著者にとって悩ましくも比較的穏やかな時代だったと見えて、強い思い入れを感じる文章となっています。様々な挫折を経てこのホテルに偶然到着された伊集院さんは、そのままホテル側の行為で7年間も逗留することになります。
この本の良いところは、たぶんその話自体が奇跡的な、ややもすると信じられないような前提に基づいているところにあります。すなわち、偶然いったホテルが寛容にも7年も止めてくれる、もちろん一定水準の料金は払っていたにせよですが。また、そこに出てくる支配人、漁師さん、各種のバイトの人などとの交流が穏やかで、読んでいても癒されるような感じを受けます。まさにこのホテルが伊集院さんに提供したのは、シェルターであり、病院のような機能ではなかったかと思います。また、小説家へはばたく前段階として(学生時代に続いて)相当の読書をこの期間にされたようですので、ナーサリーの役割もしていたのではないでしょうか。
正直にいえばもう少し細かいエピソードが多くあると、よりリアルに情景が浮かび上がってくる感じもしますが、追憶のスタイルなので、ややぼんやりとした記述に意図的にしているのかと思います。伊集院ファンにはお勧めの一冊です。
著者が20代後半から30代半ばまで過ごされた、逗子のホテル(今はないそうです)における暮らしやその時に出会った人たちについて書いた回想のような一冊です。小生でもないし随筆ともいえない不思議な文章ですが、著者にとって悩ましくも比較的穏やかな時代だったと見えて、強い思い入れを感じる文章となっています。様々な挫折を経てこのホテルに偶然到着された伊集院さんは、そのままホテル側の行為で7年間も逗留することになります。
この本の良いところは、たぶんその話自体が奇跡的な、ややもすると信じられないような前提に基づいているところにあります。すなわち、偶然いったホテルが寛容にも7年も止めてくれる、もちろん一定水準の料金は払っていたにせよですが。また、そこに出てくる支配人、漁師さん、各種のバイトの人などとの交流が穏やかで、読んでいても癒されるような感じを受けます。まさにこのホテルが伊集院さんに提供したのは、シェルターであり、病院のような機能ではなかったかと思います。また、小説家へはばたく前段階として(学生時代に続いて)相当の読書をこの期間にされたようですので、ナーサリーの役割もしていたのではないでしょうか。
正直にいえばもう少し細かいエピソードが多くあると、よりリアルに情景が浮かび上がってくる感じもしますが、追憶のスタイルなので、ややぼんやりとした記述に意図的にしているのかと思います。伊集院ファンにはお勧めの一冊です。
2016年3月5日土曜日
第140回:「氷壁」井上 靖
レーティング:★★★★★★☆
井上さんは昭和を代表する大作家であり、多くの方が小学校などの教科書や入試問題などを含めて目にされたことがあるのではないでしょうか。私も中学か高校で「あすなろ物語」と「天平の甍」を読みました。前者についてはさわやかな作品だなぁという程度であまり強い印象が残っていないのですが、反面後者の作品は中国やシルクロードにあこがれた時期があったので、とても衝撃を受け、その格調高い文体と描写に心を打たれた思い出があります。
そこから相当の年月が経ってしまいましたが、この作品に偶然図書館であり、ちょうど山野井さん(クライマー)関連の本を読んでいたこともあり借りました。文庫本で600ページほどの長大な作品ですが、やはりプロの作家というのはこういうものなんだと実感するような素晴らしいものでした。昭和30年代前半の様子も感じることができ(おもったよりずっと余裕がありそうです。現代よりも)、そういう観点でも楽しめました。
作品の題材は、ナイロンザイル切断事件というもので、いわゆるクライミングをしている男性2人組が穂高で登山中にナイロンザイルが切断し、1名が亡くなられた事件です。Wikiなどで見ると、この事件は昭和史的にはかなり有名な事件のようで、相当の長い間の関係者の苦闘があるようなのですが、本作品はそのごく初期のみを描写し、さらにやや込み入った人間関係を中心に、青春、恋愛、結婚、自然など様々な題材を織り込んで進んでいきます。いろいろな読み方ができる優れた文学の典型のような一冊ですが、この本の主人公は登山をする男性2名ではなく、そのうちの1名と関係のあった女性のような感じがします。この人への作者の思い入れが半端なく強く感じられます。
最後の幕切れは劇的ですし、ぜひ古い小説と思わず読んでいただければと思います(三島などより読みやすさという意味では段違いです)。ほかの井上作品もたくさん読んでいないものがあるので読み進めていきたいと思います。
井上さんは昭和を代表する大作家であり、多くの方が小学校などの教科書や入試問題などを含めて目にされたことがあるのではないでしょうか。私も中学か高校で「あすなろ物語」と「天平の甍」を読みました。前者についてはさわやかな作品だなぁという程度であまり強い印象が残っていないのですが、反面後者の作品は中国やシルクロードにあこがれた時期があったので、とても衝撃を受け、その格調高い文体と描写に心を打たれた思い出があります。
そこから相当の年月が経ってしまいましたが、この作品に偶然図書館であり、ちょうど山野井さん(クライマー)関連の本を読んでいたこともあり借りました。文庫本で600ページほどの長大な作品ですが、やはりプロの作家というのはこういうものなんだと実感するような素晴らしいものでした。昭和30年代前半の様子も感じることができ(おもったよりずっと余裕がありそうです。現代よりも)、そういう観点でも楽しめました。
作品の題材は、ナイロンザイル切断事件というもので、いわゆるクライミングをしている男性2人組が穂高で登山中にナイロンザイルが切断し、1名が亡くなられた事件です。Wikiなどで見ると、この事件は昭和史的にはかなり有名な事件のようで、相当の長い間の関係者の苦闘があるようなのですが、本作品はそのごく初期のみを描写し、さらにやや込み入った人間関係を中心に、青春、恋愛、結婚、自然など様々な題材を織り込んで進んでいきます。いろいろな読み方ができる優れた文学の典型のような一冊ですが、この本の主人公は登山をする男性2名ではなく、そのうちの1名と関係のあった女性のような感じがします。この人への作者の思い入れが半端なく強く感じられます。
最後の幕切れは劇的ですし、ぜひ古い小説と思わず読んでいただければと思います(三島などより読みやすさという意味では段違いです)。ほかの井上作品もたくさん読んでいないものがあるので読み進めていきたいと思います。
2016年2月27日土曜日
第139回:「陸軍中野学校」斎藤 充功
レーティング:★★★★★☆☆
小学生のころから戦史ものが結構好きで、男子であれば多かれ少なかれそうだとおもうのですが、よく読んできました。そんな中で何度か満州関連の書籍やインド関連の書籍で出てきたのがこの「中野学校」です。この著者のもの含めて類書がいくつかあるので一般的にもそれなりに有名だと思うのですが、陸軍が設立し、終戦まで続いたいわるゆ諜報専門の学校です。知らなかったのですが、この中野学校と補完関係にある登戸研究所というものもあって、そこが諜報活動を支える各種の機材などの研究・開発をしていたということです。そんな昭和史に7年しかなかったこの学校は、2000人ちょっとの卒業生を世に送り出し、その概略や卒業生へのインタビューを記録したのが本書です。
まず、戦前の日本がロシア、朝鮮半島、中国大陸などを中心に壮大な諜報網を張り巡らし、強い危機感をもって情報収集にあたっていたことがわかります。またそのための要因を体系的に育成するための学校を(もちろん表向きはただの陸軍学校でしたが)を設立し、カリキュラムを整備してプロを養成していたことは、現代とは隔世の感があってとても興味深いところです。OB等への熱心な取材もあって、教科一覧なども出ています。そして、これらの諜報員は商社のような民間会社などに紛れ込んで諜報活動を行ったり、大使館などに送られたり、さらには最前線に入って原住民工作などを行っていきます。そのバイタリティーたるやものすごいものがあり、日本人は内向きとか島国根性といった通説はまったくもって(少なくとも特定の時代状況においては)当てはまらないことがわかります。
本書で特に興味深いのは、OB等へのヒアリングにより、存命者を中心に戦争後の姿を描いているところです。ある人はシベリアに抑留され、ある人はGHQに協力し、ある人は公安調査庁に進んだり、ある人は実業に身を投じたりということで本当に多彩です。その中で印象的なのは、誰もが中野学校について話したがらず、同校についてプライドをもっているようですが、一様に手放しでの肯定評価はしていないところです。学校の性質を考えれば当然そうなのかもしれませんが、戦後も数奇な運命に巻き込まれてしまった方が多く、また存命者が相当の年齢に達していることを考えると、人の運命や生死を簡単に捻じ曲げる戦争のむごさを感じる次第です。
最後に下山事件や戦時中に日本軍が行っていた貨幣偽造や大量の裏金作りはあまり知らなかったので、勉強になりました。なかなかにマニアックな本ですが、近代史としても読める充実した内容になっていますので、ご興味ある方はぜひ。
小学生のころから戦史ものが結構好きで、男子であれば多かれ少なかれそうだとおもうのですが、よく読んできました。そんな中で何度か満州関連の書籍やインド関連の書籍で出てきたのがこの「中野学校」です。この著者のもの含めて類書がいくつかあるので一般的にもそれなりに有名だと思うのですが、陸軍が設立し、終戦まで続いたいわるゆ諜報専門の学校です。知らなかったのですが、この中野学校と補完関係にある登戸研究所というものもあって、そこが諜報活動を支える各種の機材などの研究・開発をしていたということです。そんな昭和史に7年しかなかったこの学校は、2000人ちょっとの卒業生を世に送り出し、その概略や卒業生へのインタビューを記録したのが本書です。
まず、戦前の日本がロシア、朝鮮半島、中国大陸などを中心に壮大な諜報網を張り巡らし、強い危機感をもって情報収集にあたっていたことがわかります。またそのための要因を体系的に育成するための学校を(もちろん表向きはただの陸軍学校でしたが)を設立し、カリキュラムを整備してプロを養成していたことは、現代とは隔世の感があってとても興味深いところです。OB等への熱心な取材もあって、教科一覧なども出ています。そして、これらの諜報員は商社のような民間会社などに紛れ込んで諜報活動を行ったり、大使館などに送られたり、さらには最前線に入って原住民工作などを行っていきます。そのバイタリティーたるやものすごいものがあり、日本人は内向きとか島国根性といった通説はまったくもって(少なくとも特定の時代状況においては)当てはまらないことがわかります。
本書で特に興味深いのは、OB等へのヒアリングにより、存命者を中心に戦争後の姿を描いているところです。ある人はシベリアに抑留され、ある人はGHQに協力し、ある人は公安調査庁に進んだり、ある人は実業に身を投じたりということで本当に多彩です。その中で印象的なのは、誰もが中野学校について話したがらず、同校についてプライドをもっているようですが、一様に手放しでの肯定評価はしていないところです。学校の性質を考えれば当然そうなのかもしれませんが、戦後も数奇な運命に巻き込まれてしまった方が多く、また存命者が相当の年齢に達していることを考えると、人の運命や生死を簡単に捻じ曲げる戦争のむごさを感じる次第です。
最後に下山事件や戦時中に日本軍が行っていた貨幣偽造や大量の裏金作りはあまり知らなかったので、勉強になりました。なかなかにマニアックな本ですが、近代史としても読める充実した内容になっていますので、ご興味ある方はぜひ。
登録:
投稿 (Atom)