レーティング:★★★★★★★
今回の一作は、本ブログ史上最古の本の翻訳です。原文はパーリ語で書かれており、日本の偉大な仏教学者であった中村元氏が訳したものです。私が中村元氏の名前を知ったのはもう10年以上前ですが、大学で「比較宗教学」なる授業をとっていたことがきっかけです。授業に関心があったというよりは、比較的楽に単位が来て、時間帯もたしか午前中の遅めだったので(遅刻しなそうで)いいなというぶったるんだ大学生の典型のような気持ちで受講したのがきっかけでした。しかし、人生万事塞翁が馬ですね、授業は思いのほか面白く、殆ど出席した覚えがあります。その授業を担当していた教授は(今も健在で教えているようです)中村先生の直弟子であり、授業中何度となく中村先生を絶賛していた(事実絶賛しきれないくらいすごい業績を残されています)のがきっかけです。いつかは中村先生の著作を読もうよもうと思いつつ、はや10何年たってしまいましたが、やっと1冊読むことができました。読書はなにか縁を感じることがありますが、この一冊もそういうものとなりました。
さて、本書ですが上記の通りパーリ語で書かれた「大パリニッバーナ経」を翻訳し、さらに分厚い脚注を付したものです(脚注の方が長い)。主題はまさにタイトルの通りで、ブッダ入滅の前後が描かれており、後世の脚色はあるものの、比較的史実に忠実なブッダの姿を伝える経典だそうです。これも大学生の時に手塚おさむの「ブッダ」を読んで大変感銘を受け、今、こうして原典(の翻訳)を読めて非常に感慨深いものがあります。私は特定の宗教を信じることはなく、神社にも寺にも行きます。海外なら教会も行きますし(礼拝にはいきませんが)、ヒンズー教の寺院にも入ります。ただ、海外にいくときにたまに宗教をきかれますが、そういうときに自分ははてなにを(相対的に)信じているかと聞かれれば仏教だと思います。仏教の(相対的にですが)排他的でないところ、無理がないところなどが好きです。その根幹にはブッダというその人への共感がある気がします。
この経典を読んで驚いたのは(およそ経典を読むのも初めてですが)、なんども繰り返しをともなう独特のスタイルです。Aという発言が出てくると、それが1度、多いときは2、3度繰り返されます。最初はめんくらうのですが、繰り返されると自然と頭に入ってきて、心地よいリズムができてきます。解説によれば、初期の経典は口承で伝えられたので、覚えやすいように繰り返しが多用されているとのことです。もうひとつは、非常に人間的なところです。後世の脚色/神格化が少ない経典だそうで、比較的生き生きとした会話があり、痛みの描写があり、気遣いの様子が描かれています。まさに人間ブッダを描いており、そのストイックさ、他者への思いやり、飾らなさなどに心を打たれます。特に思いやりという点では、死の前に客人から振る舞われた食事をとって急速に体調を崩すのですが、その状況でさえ食事を出した人がのちのち自分のせいではないかと気にやまないように深い気遣いを見せます。また、古代インド/ネパールでも深い身分制度が確立されていたのですが、殆どそれを感じさせず様々な階層の人と対等に自在に交流しているところです。おごらず、たかぶらず、えらぶらず、当たり前といえばそうですがどこにも強権的なところがありません。
本書の後半は全て中村先生による解説ですが、またこれが秀逸です。余りに難しくて2割くらいしか分からないのですが、東西の翻訳や写本も検討し、細かなニュアンスの検討をこれでもかと行っています。現代の世界、日本でこういうレベルで語れる人は何人くらいいるのでしょうか。その圧倒的な博識と執念にただあきれるばかりです。
いきなりブッダ入滅の経典を読んでしまったわけですが、他のものも時間を見つけてライフワークの一つとして読み進めていきたいと思います。
このBlogの目的は、シンプルです。ただ、私が読んだ本を評していくこと、それだけです。ちなみにジャンルの限定はなく、ただ一つのルールは、私が最初から最後までリアルタイムに読んだ本、それを書評することだけです(従って、昔読んだ本や全て読まなかったものは対象外)。
2013年9月22日日曜日
2013年9月7日土曜日
第75回:「憂鬱でなければ、仕事じゃない」見城 徹・藤田 晋
レーティング:★★★★☆☆☆
2011年に刊行された1冊、対談かと思いきや見城さんの自筆の一言と解説2ページ、その後に藤田さんの解説2ページが続く構成です。内容は、仕事への取り組み方に関するものが殆どです。見城さん(幻冬舎社長)のかなり強烈なパーソナリティと藤田さんのわりと冷静な、良い意味でバランスの取れた解説が良いコントラストで面白いです。
非常に読みやすい一冊で、お二人のかなりのファンでなければ買って手元に置いておく必要性は感じませんが、色々と印象深い言葉が紹介されてます(さすが見城さんですね)ので、ご紹介がてら。「小さいことにくよくよしろ」(小さいことをできない、守れない人に大きなことはできない)、「努力は自分、評価は他人」(そのままですね)、大石内蔵助の辞世の句「あら楽し 思ひは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」、どれももちろん解説があってこそではありますが、なかなか面白いなーと思いました。味があります。
藤田さんについてはこのブログの第40回でも「渋谷で働く社長の告白」をレビューしており、なんとなく予備知識があったのですが、見城さんの本をちゃんと読むのは初めてで、かなり極端な仕事のスタイルを持たれていることと、それを支える情熱というか熱量に驚かされます。あまりに凄過ぎてこういうアプローチはできないよな、と正直思ってしまったのですが、これに痺れる出版関係者の方なども多いのではないでしょうか。
2011年に刊行された1冊、対談かと思いきや見城さんの自筆の一言と解説2ページ、その後に藤田さんの解説2ページが続く構成です。内容は、仕事への取り組み方に関するものが殆どです。見城さん(幻冬舎社長)のかなり強烈なパーソナリティと藤田さんのわりと冷静な、良い意味でバランスの取れた解説が良いコントラストで面白いです。
非常に読みやすい一冊で、お二人のかなりのファンでなければ買って手元に置いておく必要性は感じませんが、色々と印象深い言葉が紹介されてます(さすが見城さんですね)ので、ご紹介がてら。「小さいことにくよくよしろ」(小さいことをできない、守れない人に大きなことはできない)、「努力は自分、評価は他人」(そのままですね)、大石内蔵助の辞世の句「あら楽し 思ひは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」、どれももちろん解説があってこそではありますが、なかなか面白いなーと思いました。味があります。
藤田さんについてはこのブログの第40回でも「渋谷で働く社長の告白」をレビューしており、なんとなく予備知識があったのですが、見城さんの本をちゃんと読むのは初めてで、かなり極端な仕事のスタイルを持たれていることと、それを支える情熱というか熱量に驚かされます。あまりに凄過ぎてこういうアプローチはできないよな、と正直思ってしまったのですが、これに痺れる出版関係者の方なども多いのではないでしょうか。
2013年8月31日土曜日
第74回:「官僚たちの夏」城山 三郎
レーティング:★★★★★☆☆
クーラーの入ったオフィスで仕事をしているにも関わらず、毎年、夏がどんどん暑くなっているように感じるのは私だけでしょうか。年を重ねて相対的な暑さの感度が良くなってしまっているのかもしれません。または、単に新陳代謝ができず、熱がこもってしまってるだけかもしれませんが・・。さて、今年の夏も非常に暑かったわけですが、そんな夏を締めくくる一冊は、かなり暑苦しいものでした。
個人的な古典的名作を読むシリーズとして図書館で借りたものですが、読み始めてすぐに気付きました(借りる前に気づけば良かったのですが)。これ、読んだことある・・・しかも恐らくここ5年以内くらいに読んだもののようです。とはいえ、良くも悪くも筋をかなり忘れており、前回かなりいい加減に読んだか途中でやめたか理由は分かりませんが、エンディングは記憶になかった(途中でやめたのかもしれません)ので、わりと楽しく読みました。
官僚、それも昔の通産省を舞台とした政治家も含めた人事抗争を描いた一作で、意外なことに殆どの登場人物に実在のモデルがいるようです。これを読むと、当時の通産省はなんとも自由闊達で面白そうなところだったんだなあ、と素直に感じます。ちなみに昔の通産省も今の経産省も全く仕事なりで接点がないので、本当の姿は全然分かりません。上に書いたとおり、徹底して人事を中心に話が進むのですが、キャリア組(いまは総合職と呼ばれるようです)の人事配置、ローテーションといったことの考え方、各局間の位置付け(少なくとも当時の通産省のということですが)などがわかり、勉強になります。また、人物造形がどれも魅力的なので、どんどん読めるかと思います。
しかし、主人公の熱量が非常に高く、昭和の熱血サラリーマン礼賛(それだけではないのは読み進めるとわかりますが)のきらいがあるので、ちょっと夏に読むには熱すぎる一冊でした。昔の官僚に特殊な憧れをもっている、とか国家公務員試験を受けたい、とかでない限り、そこまで強くもお勧めしない一冊です。経営者のお勧めの一冊などを読んでいるのでたまにでてくる本書は、良くできているし当時の熱気やしがらみを巧みに描ききっているのですが、いかんせん当時の政官の関係や官僚のしきたりにどっぷりつかってしまった小説なので、現代読んでなにか特別な感慨を抱くことは困難でした。
クーラーの入ったオフィスで仕事をしているにも関わらず、毎年、夏がどんどん暑くなっているように感じるのは私だけでしょうか。年を重ねて相対的な暑さの感度が良くなってしまっているのかもしれません。または、単に新陳代謝ができず、熱がこもってしまってるだけかもしれませんが・・。さて、今年の夏も非常に暑かったわけですが、そんな夏を締めくくる一冊は、かなり暑苦しいものでした。
個人的な古典的名作を読むシリーズとして図書館で借りたものですが、読み始めてすぐに気付きました(借りる前に気づけば良かったのですが)。これ、読んだことある・・・しかも恐らくここ5年以内くらいに読んだもののようです。とはいえ、良くも悪くも筋をかなり忘れており、前回かなりいい加減に読んだか途中でやめたか理由は分かりませんが、エンディングは記憶になかった(途中でやめたのかもしれません)ので、わりと楽しく読みました。
官僚、それも昔の通産省を舞台とした政治家も含めた人事抗争を描いた一作で、意外なことに殆どの登場人物に実在のモデルがいるようです。これを読むと、当時の通産省はなんとも自由闊達で面白そうなところだったんだなあ、と素直に感じます。ちなみに昔の通産省も今の経産省も全く仕事なりで接点がないので、本当の姿は全然分かりません。上に書いたとおり、徹底して人事を中心に話が進むのですが、キャリア組(いまは総合職と呼ばれるようです)の人事配置、ローテーションといったことの考え方、各局間の位置付け(少なくとも当時の通産省のということですが)などがわかり、勉強になります。また、人物造形がどれも魅力的なので、どんどん読めるかと思います。
しかし、主人公の熱量が非常に高く、昭和の熱血サラリーマン礼賛(それだけではないのは読み進めるとわかりますが)のきらいがあるので、ちょっと夏に読むには熱すぎる一冊でした。昔の官僚に特殊な憧れをもっている、とか国家公務員試験を受けたい、とかでない限り、そこまで強くもお勧めしない一冊です。経営者のお勧めの一冊などを読んでいるのでたまにでてくる本書は、良くできているし当時の熱気やしがらみを巧みに描ききっているのですが、いかんせん当時の政官の関係や官僚のしきたりにどっぷりつかってしまった小説なので、現代読んでなにか特別な感慨を抱くことは困難でした。
2013年8月10日土曜日
第73回:「企業参謀」大前 研一
レーティング:★★★★★★☆
久々に映画館に足を運びました。最後に映画館に行ったのは、覚えていないくらい古く、たしか2009年に何回かヨーロッパ某国で行った記憶がある程度です。今日は、「モンスターズユニバーシティ」を見に行きました。ピクサー製作のもので、モンスターズインクの続編という位置づけです。内容はストレートで前作より面白い感じがしました(アメリカの大学生活をパロってるというか、おかしく描いてるところも好きです)。連れてった子供も喜んでたし、なにより大きなスクリーンで見て大きな音で聴くことは、不思議にそれだけで感動するものがあります。スマホで映画、とかたまにCMでやってますが、本当に信じられません。
さて、本物を見るという話でいくと今回レビューする古典的名作「企業参謀」は、日本の経営学や関連書籍では非常に評判が高く、海外にも多数翻訳されています。海外のビジネススクールでも「大前」という名前は紹介されたりするようです(私は海外で聞いたことは残念ながらありません)。本書になかなか手が伸びていなかった理由は、そもそもあまり売ってない(オリジナルは1975年刊行)というのもありますが、それ以上に(大前さん自体が凄い人とは聞いていましたが、)とにかくどんな分野でも本を書き散らすおじさんという認識しかなく、後回しになっていました。が、しかし、結果として頭を殴られたような衝撃を受けた一冊となりました。
このブログでも何冊かコンサルタントの本をレビューしていますが(そしてそれらの多くも良本だと感じましたが)、本書は正直言ってレベルが違います。日本の本書以降のコンサルタントや経営学者(そもそも余りいませんが)は、本書と肩を並べるものは殆ど書けてこなかったと思います(楠木さんは本書を読んでも凄いと思いますが・・)。内容は、現代の経営学では古い部類に入る話が多い(イシューツリー、プロフィットツリー、製品ポートフォリオ管理(PPM)、産業構造論等)ですが、当時というか今から40年前に分析的かつ緻密に自身のオリジナルの考察も交えながらこれだけの話題をカバーしきって(メモをためた当時は30前半とのこと)、無駄なく論を進めています。また、タイトルにも表れている通り、国家でも企業でも参謀グループが必要であり、戦略的思考をもっと鍛えるべきということを非常に説得的に主張しています。丁度、当時は石油ショック後の低成長、産業構造の転換期にあったのですが、その状況は(理由は違えど)バブル崩壊後の長期低成長に入ってしまった現在の日本と似た状況であり、随所に現在でも活きる(また現在を予言したかのような)洞察が書いてあります。月並みですが時代は違えどイシューはあまり変わらないのかもしれない、と思えます。例えば目次から拾うと「低成長永続の意味」、「市場の成熟に伴う硬直化」、「生産性は頭打ち」など現在でもそのまま使いまわせそうです。
独自の参謀グループ論に加えて面白かったところですが、後半に「先見術」というチャプターがあり、独自の将来予想を書いています。一部抜粋すると、「働く既婚女性の数はますます増えてゆくであろう。したがって、家庭における料理も、短時間で調理でき、かつ家庭的雰囲気を失っていないような高級インスタント惣菜の需要がヤングカップルの居住地(通勤圏一時間内外)の交通の要衝を中心に伸びる」とかファーストフードについて「群チェーン化を行い、店頭での作業は縮小化するが、一定地域内で一つずつ支援キッチンを置くというような業態の経済性が高まる」(ファミレス含め、オペレーションはまさにこの方向ですね)と書いてたりします。同様に「健康に悪い太り過ぎの人間が次第に増えてくるであろう。したがって減量のための諸事業などを一つのパッケージとして提供すれば十分な需要が見込める」などというのも、もう本当にそのまま実現しています。
復刻版(単行本)を図書館で借りたのですが、余りに良いので買おうと思います。著者の本で読んでみたかったのが、とりあえず数冊あるのでちょっとずつ読んでみたいと思います。さすがマッキンゼー日本支社長、本社ディレクター(いずれも元)ですね。昨今の安易なウミセンのマッキンゼー本とは天と地ほどの差があります。本書に触れると、単に知っているとかノウハウがうまく纏めてあるとかではなく、(著者の)自分の頭で深く執拗に考えられ、理解されたものが書かれており、またオリジナリティの高い論考が展開されているので、著者しか書けなかったことが分かります。今回は、手放しの前向きレビューになりました・・。最近時間はあるのですが、ちょっと読書欲が(夏バテ?)減退ぎみなので、少しペースが落ちるかもしれませんが、またぼちぼち読んでいきたいと思います。
久々に映画館に足を運びました。最後に映画館に行ったのは、覚えていないくらい古く、たしか2009年に何回かヨーロッパ某国で行った記憶がある程度です。今日は、「モンスターズユニバーシティ」を見に行きました。ピクサー製作のもので、モンスターズインクの続編という位置づけです。内容はストレートで前作より面白い感じがしました(アメリカの大学生活をパロってるというか、おかしく描いてるところも好きです)。連れてった子供も喜んでたし、なにより大きなスクリーンで見て大きな音で聴くことは、不思議にそれだけで感動するものがあります。スマホで映画、とかたまにCMでやってますが、本当に信じられません。
さて、本物を見るという話でいくと今回レビューする古典的名作「企業参謀」は、日本の経営学や関連書籍では非常に評判が高く、海外にも多数翻訳されています。海外のビジネススクールでも「大前」という名前は紹介されたりするようです(私は海外で聞いたことは残念ながらありません)。本書になかなか手が伸びていなかった理由は、そもそもあまり売ってない(オリジナルは1975年刊行)というのもありますが、それ以上に(大前さん自体が凄い人とは聞いていましたが、)とにかくどんな分野でも本を書き散らすおじさんという認識しかなく、後回しになっていました。が、しかし、結果として頭を殴られたような衝撃を受けた一冊となりました。
このブログでも何冊かコンサルタントの本をレビューしていますが(そしてそれらの多くも良本だと感じましたが)、本書は正直言ってレベルが違います。日本の本書以降のコンサルタントや経営学者(そもそも余りいませんが)は、本書と肩を並べるものは殆ど書けてこなかったと思います(楠木さんは本書を読んでも凄いと思いますが・・)。内容は、現代の経営学では古い部類に入る話が多い(イシューツリー、プロフィットツリー、製品ポートフォリオ管理(PPM)、産業構造論等)ですが、当時というか今から40年前に分析的かつ緻密に自身のオリジナルの考察も交えながらこれだけの話題をカバーしきって(メモをためた当時は30前半とのこと)、無駄なく論を進めています。また、タイトルにも表れている通り、国家でも企業でも参謀グループが必要であり、戦略的思考をもっと鍛えるべきということを非常に説得的に主張しています。丁度、当時は石油ショック後の低成長、産業構造の転換期にあったのですが、その状況は(理由は違えど)バブル崩壊後の長期低成長に入ってしまった現在の日本と似た状況であり、随所に現在でも活きる(また現在を予言したかのような)洞察が書いてあります。月並みですが時代は違えどイシューはあまり変わらないのかもしれない、と思えます。例えば目次から拾うと「低成長永続の意味」、「市場の成熟に伴う硬直化」、「生産性は頭打ち」など現在でもそのまま使いまわせそうです。
独自の参謀グループ論に加えて面白かったところですが、後半に「先見術」というチャプターがあり、独自の将来予想を書いています。一部抜粋すると、「働く既婚女性の数はますます増えてゆくであろう。したがって、家庭における料理も、短時間で調理でき、かつ家庭的雰囲気を失っていないような高級インスタント惣菜の需要がヤングカップルの居住地(通勤圏一時間内外)の交通の要衝を中心に伸びる」とかファーストフードについて「群チェーン化を行い、店頭での作業は縮小化するが、一定地域内で一つずつ支援キッチンを置くというような業態の経済性が高まる」(ファミレス含め、オペレーションはまさにこの方向ですね)と書いてたりします。同様に「健康に悪い太り過ぎの人間が次第に増えてくるであろう。したがって減量のための諸事業などを一つのパッケージとして提供すれば十分な需要が見込める」などというのも、もう本当にそのまま実現しています。
復刻版(単行本)を図書館で借りたのですが、余りに良いので買おうと思います。著者の本で読んでみたかったのが、とりあえず数冊あるのでちょっとずつ読んでみたいと思います。さすがマッキンゼー日本支社長、本社ディレクター(いずれも元)ですね。昨今の安易なウミセンのマッキンゼー本とは天と地ほどの差があります。本書に触れると、単に知っているとかノウハウがうまく纏めてあるとかではなく、(著者の)自分の頭で深く執拗に考えられ、理解されたものが書かれており、またオリジナリティの高い論考が展開されているので、著者しか書けなかったことが分かります。今回は、手放しの前向きレビューになりました・・。最近時間はあるのですが、ちょっと読書欲が(夏バテ?)減退ぎみなので、少しペースが落ちるかもしれませんが、またぼちぼち読んでいきたいと思います。
2013年7月21日日曜日
第72回:「祖父たちの零戦」神立 尚紀
レーティング:★★★★★★★
日本の夏といえば色々ありますが、終戦の夏、というのが個人的に浮かんできます。敗戦の夏といっても良いかもしれません。父がかなりの日本史好きで、とりわけ近代史に詳しく、小さい頃に(父は戦後生まれですが)よく太平洋戦争の話を聞きました。母方の祖父は満洲に出征していたこともあり、少しだけ実感を伴って聞いていましたが、本当のところ当時一番魅了されたのは艦艇や飛行機の写真でした。不謹慎を承知で言えば、そういうものを無条件にかっこいいと感じていたし、今もそういう部分を少しは持っています。ただし、その後様々な戦史などを読んできましたが、見た目のかっこよさの後ろに張り付く、悲惨な戦争の実像を知り、当然ですが小学生の時とは全く違ったとらえ方をするようになりました。
とにかく、小学生の頃は父に話を聞いたり、図書館から帝国海軍写真集、みたいな本を何冊か借りて良く読んでいました(かなりの軍国少年ですね・・)。そのころにこれも父の影響でいくつかプラモデルを作っていたのですが、戦艦大和、ドイツの戦車(名前が思い出せません)、そして本書の主題である零戦などだったことを良く覚えています。私は当時からなぜか陸軍には殆ど興味がなく、一貫して海軍に興味があったのですが、その中でも零戦は圧倒的にフォルムが美しく、その数奇な運命と共にずっと気になってきました。そんな中で既にレビューした百田氏の「永遠の0(ゼロ)」(第50回)を読み、再びちゃんと関連書を読んでみたい、という気持ちになりました。
さて、そんな本書ですが、(少し変わったお名前の)神立(こうだち)氏が膨大な数の零戦のパイロットや整備士にインタビューを行い、また元兵士や遺族から入手した多くの未刊行資料なども踏まえ、零戦の誕生からパイロットたちの戦後を含めた一生までを追った労作です。主要な登場人物(実在)は2名で、いずれも兵学校に昭和4年に入学し、その後、パイロットとなりました。二人は様々な戦場を転戦し、その模様を軸に太平洋戦争全体の趨勢も丹念に描いていきます。
本書の優れたところは3つ。1つは実在の関係者の膨大な証言を積み重ねており、特に零戦のユーザーから見た特性、操縦性などが非常に詳細に書かれていること、もう1つは単に兵器や戦史を追っているのではなく、戦後までカバーした優れた人間模様の描写があること、最後に非常にバランスの取れた見方を提示しており、ただの兵器本にも戦史本にもなっていないこと。特に2つ目の点は、零戦パイロットが殆ど亡くなられた今となっては貴重極まりないもので、すぐれた歴史の証言たり得ています。著者は「フライデー」のカメラマンから独立し、多くのゼロ戦乗りに取材していくうちに信頼を獲得し、NPO法人「零戦の会」理事も務められています。
戦後のパイロットたちの回顧は、なんともやるせない気持ちになります。勝ち目がない戦争を戦い抜いて散った生身の300万以上の将兵・民間人のことを思って、改めてどう生きるべきか考えさせられます。本書は零戦による特攻や桜花、回天と言った非人間的な兵器についても良く触れていて、乗り込んだ兵士たちのことを思うと重い気持になります。本書は借りて読みましたが、買わないといけない一冊となりました。
日本の夏といえば色々ありますが、終戦の夏、というのが個人的に浮かんできます。敗戦の夏といっても良いかもしれません。父がかなりの日本史好きで、とりわけ近代史に詳しく、小さい頃に(父は戦後生まれですが)よく太平洋戦争の話を聞きました。母方の祖父は満洲に出征していたこともあり、少しだけ実感を伴って聞いていましたが、本当のところ当時一番魅了されたのは艦艇や飛行機の写真でした。不謹慎を承知で言えば、そういうものを無条件にかっこいいと感じていたし、今もそういう部分を少しは持っています。ただし、その後様々な戦史などを読んできましたが、見た目のかっこよさの後ろに張り付く、悲惨な戦争の実像を知り、当然ですが小学生の時とは全く違ったとらえ方をするようになりました。
とにかく、小学生の頃は父に話を聞いたり、図書館から帝国海軍写真集、みたいな本を何冊か借りて良く読んでいました(かなりの軍国少年ですね・・)。そのころにこれも父の影響でいくつかプラモデルを作っていたのですが、戦艦大和、ドイツの戦車(名前が思い出せません)、そして本書の主題である零戦などだったことを良く覚えています。私は当時からなぜか陸軍には殆ど興味がなく、一貫して海軍に興味があったのですが、その中でも零戦は圧倒的にフォルムが美しく、その数奇な運命と共にずっと気になってきました。そんな中で既にレビューした百田氏の「永遠の0(ゼロ)」(第50回)を読み、再びちゃんと関連書を読んでみたい、という気持ちになりました。
さて、そんな本書ですが、(少し変わったお名前の)神立(こうだち)氏が膨大な数の零戦のパイロットや整備士にインタビューを行い、また元兵士や遺族から入手した多くの未刊行資料なども踏まえ、零戦の誕生からパイロットたちの戦後を含めた一生までを追った労作です。主要な登場人物(実在)は2名で、いずれも兵学校に昭和4年に入学し、その後、パイロットとなりました。二人は様々な戦場を転戦し、その模様を軸に太平洋戦争全体の趨勢も丹念に描いていきます。
本書の優れたところは3つ。1つは実在の関係者の膨大な証言を積み重ねており、特に零戦のユーザーから見た特性、操縦性などが非常に詳細に書かれていること、もう1つは単に兵器や戦史を追っているのではなく、戦後までカバーした優れた人間模様の描写があること、最後に非常にバランスの取れた見方を提示しており、ただの兵器本にも戦史本にもなっていないこと。特に2つ目の点は、零戦パイロットが殆ど亡くなられた今となっては貴重極まりないもので、すぐれた歴史の証言たり得ています。著者は「フライデー」のカメラマンから独立し、多くのゼロ戦乗りに取材していくうちに信頼を獲得し、NPO法人「零戦の会」理事も務められています。
戦後のパイロットたちの回顧は、なんともやるせない気持ちになります。勝ち目がない戦争を戦い抜いて散った生身の300万以上の将兵・民間人のことを思って、改めてどう生きるべきか考えさせられます。本書は零戦による特攻や桜花、回天と言った非人間的な兵器についても良く触れていて、乗り込んだ兵士たちのことを思うと重い気持になります。本書は借りて読みましたが、買わないといけない一冊となりました。
2013年6月30日日曜日
第71回:「飢餓同盟」安部 公房
レーティング★★★★★★☆
安部公房を始めて読んだのは確か高校生のときだったと思います。高校の図書館の文庫本コーナーにあった本たちは、何の変哲もないカバーでそんなに人気もないようでしたが、読んでみるとガツンと頭を殴られたように感じました。フィクションでありながら、現実的な迫力があり、著者の経歴を生かした医学や科学の要素もふんだんに織り込まれ、どの話も不気味さ満点でした。この作風は他のどの日本人作家も見られないものだと思います。そんななか何年ぶりかわかりませんが、安部さんの読んでいない作品を読んでみようと思いたち、借りてみたのがこの作品です。
この作品は、日本のかつて栄えた町があることをきっかけに没落し、その後、戦後の貧しさから復興する過程で徐々に貧富の差が広がり、閉ざされた共同体によそ者が流れ込み革命を目指す(かなり変な革命ですが)というものです。しかし、体制側も革命側も妙なキャラクターが多く、また敵味方入り乱れてわけがわからなくなっていく様が描かれており、権力闘争の滑稽さも表しています。反体制派はヘクザンというかなり眉唾な液体を切り札に人間を機械化するのですが、その荒唐無稽さも寓話としての皮肉たっぷりです。
思うに安部さんの小説はどれも高度な寓話として書かれながら、現実を少しずつ織り交ぜることで、なんとも言えないリアリティを獲得しているようです。コミュニティの閉鎖性、新旧体制の相克、集団の組織と分解など普遍的なテーマを扱うが故に国境を越えて読み継がれています。ちょうどたまたま昨日付けの日経新聞(朝刊)に安部公房特集が組まれていたのですが、いまだに海外でも読み継がれており、記事によれば新たにスペイン語圏での翻訳が進んでいて、すでに出た作品は増刷が決まっているそうです。没後20年を超えて、いまだに遠い異国の人に読まれるなんて作家冥利に尽きる話ですね。
個人的には川端より、大江よりよっぽどクオリティが高いように読めるのですが、ノーベル賞は質だけの問題でもないのかも知れません。読むのにパワーが必要なんでまた少し時間を置いて残りの作品も読んでみたいと思います。まだ読まれていない方は、ぜひお手に取ってみてください。「燃えつきた地図」などは本当に面白いです。
安部公房を始めて読んだのは確か高校生のときだったと思います。高校の図書館の文庫本コーナーにあった本たちは、何の変哲もないカバーでそんなに人気もないようでしたが、読んでみるとガツンと頭を殴られたように感じました。フィクションでありながら、現実的な迫力があり、著者の経歴を生かした医学や科学の要素もふんだんに織り込まれ、どの話も不気味さ満点でした。この作風は他のどの日本人作家も見られないものだと思います。そんななか何年ぶりかわかりませんが、安部さんの読んでいない作品を読んでみようと思いたち、借りてみたのがこの作品です。
この作品は、日本のかつて栄えた町があることをきっかけに没落し、その後、戦後の貧しさから復興する過程で徐々に貧富の差が広がり、閉ざされた共同体によそ者が流れ込み革命を目指す(かなり変な革命ですが)というものです。しかし、体制側も革命側も妙なキャラクターが多く、また敵味方入り乱れてわけがわからなくなっていく様が描かれており、権力闘争の滑稽さも表しています。反体制派はヘクザンというかなり眉唾な液体を切り札に人間を機械化するのですが、その荒唐無稽さも寓話としての皮肉たっぷりです。
思うに安部さんの小説はどれも高度な寓話として書かれながら、現実を少しずつ織り交ぜることで、なんとも言えないリアリティを獲得しているようです。コミュニティの閉鎖性、新旧体制の相克、集団の組織と分解など普遍的なテーマを扱うが故に国境を越えて読み継がれています。ちょうどたまたま昨日付けの日経新聞(朝刊)に安部公房特集が組まれていたのですが、いまだに海外でも読み継がれており、記事によれば新たにスペイン語圏での翻訳が進んでいて、すでに出た作品は増刷が決まっているそうです。没後20年を超えて、いまだに遠い異国の人に読まれるなんて作家冥利に尽きる話ですね。
個人的には川端より、大江よりよっぽどクオリティが高いように読めるのですが、ノーベル賞は質だけの問題でもないのかも知れません。読むのにパワーが必要なんでまた少し時間を置いて残りの作品も読んでみたいと思います。まだ読まれていない方は、ぜひお手に取ってみてください。「燃えつきた地図」などは本当に面白いです。
2013年6月20日木曜日
第70回:「ティファニーで朝食を」カポーティ 訳:村上 春樹
レーティング:★★★★★★★
世の中には本当に素晴らしい小説が沢山あるわけで、読めども読めども追いつきません。この書評を始めてもう2年以上ですが、それでも読めたのはたったの70冊です。その前から、それこそ小さなときから沢山の本を読んできましたが、それでもこんなメジャーな作品もカバーできていないわけで・・。もちろんメジャーであれば良いということではなく、一人ひとりには好みが確固としてあるので、その人にとって良い本、楽しい本を見つけられれば良いわけですが、年月を経て生き残っている作品というのは多くの人が認める普遍的な面白さや意味があるわけで、その意味で限られた人生の中で読める本が限られている以上、悪くない選択だと思います。
さて、カポーティの作品自体読んだことがありませんでしたが、訳者が書いている通りこの作品はヘプバーンが主演した映画で知っている方が多いのではないでしょうか。私は映画も見ていない(もちろん知ってはいましたが・・)ので、本当に初めてでしたが、結論から言って凄く面白かったです。正直言ってストーリーには余り惹かれないのですが、主人公のもつ繊細さ、もろさ、ニューヨークの雰囲気、寒そうな秋の描写、そういったものが生き生きとし過ぎていて、すごい作家なんだと実感しました。加えて、一緒に収録されている「花盛りの家」、「ダイアモンドのギター」、「クリスマスの思い出」いずれも秀逸で、とくに最後のクリスマスは表題作より良いのではないかと思います。
作風としては、全体的に切なく、やや暗いトーンが全編を流れています。流れは少し早く、ゆったりしていませんが、そこが緊張感があって好きです。しかし、暗いということでいうとアメリカのメジャーな作家は、だいたい暗い気がするのですが気のせいでしょうか。私は海外文学を本当に読んでないので偉そうなことは言えないのですが・・。ここはちょっと注意して今後読んでみたいと思います。
近々、カポーティのもう一つの代表作(ただしノンフィクション)の「冷血」も読んでみたいと思います。
世の中には本当に素晴らしい小説が沢山あるわけで、読めども読めども追いつきません。この書評を始めてもう2年以上ですが、それでも読めたのはたったの70冊です。その前から、それこそ小さなときから沢山の本を読んできましたが、それでもこんなメジャーな作品もカバーできていないわけで・・。もちろんメジャーであれば良いということではなく、一人ひとりには好みが確固としてあるので、その人にとって良い本、楽しい本を見つけられれば良いわけですが、年月を経て生き残っている作品というのは多くの人が認める普遍的な面白さや意味があるわけで、その意味で限られた人生の中で読める本が限られている以上、悪くない選択だと思います。
さて、カポーティの作品自体読んだことがありませんでしたが、訳者が書いている通りこの作品はヘプバーンが主演した映画で知っている方が多いのではないでしょうか。私は映画も見ていない(もちろん知ってはいましたが・・)ので、本当に初めてでしたが、結論から言って凄く面白かったです。正直言ってストーリーには余り惹かれないのですが、主人公のもつ繊細さ、もろさ、ニューヨークの雰囲気、寒そうな秋の描写、そういったものが生き生きとし過ぎていて、すごい作家なんだと実感しました。加えて、一緒に収録されている「花盛りの家」、「ダイアモンドのギター」、「クリスマスの思い出」いずれも秀逸で、とくに最後のクリスマスは表題作より良いのではないかと思います。
作風としては、全体的に切なく、やや暗いトーンが全編を流れています。流れは少し早く、ゆったりしていませんが、そこが緊張感があって好きです。しかし、暗いということでいうとアメリカのメジャーな作家は、だいたい暗い気がするのですが気のせいでしょうか。私は海外文学を本当に読んでないので偉そうなことは言えないのですが・・。ここはちょっと注意して今後読んでみたいと思います。
近々、カポーティのもう一つの代表作(ただしノンフィクション)の「冷血」も読んでみたいと思います。
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